めずらしく夜半に目が覚めた。しだいに焦点が合ってきた視線が捉えたのは、薄明るい室内の様子だった...
めずらしく夜半に目が覚めた。しだいに焦点が合ってきた視線が捉えたのは、薄明るい室内の様子だった。ブラインドの隙間から淡い光が射し込んでいる。そういえば今夜は満月だったと思った。
私はベッドから起き上がり、枕をヘッドボードに当てると、背中をもたせかけた。普段の私は一度寝入ると朝まで目覚めないタイプなので、なぜ今夜に限ってと不思議な気がした。物音一つしない静かな夜で、降り注ぐ月光が立てる神秘的な音が聞こえるようだった。
突然、美菜ちゃんが言っていたことを思い出した。それは、満月に向かって財布や預金通帳を振ると、思いがけない臨時収入があるというものだった。美菜ちゃんは実際にやってみて、ある程度の成果を上げたらしい。残念ながら私はまだ試したことがなかった。今から起き出して窓を開け、夜空で輝く月に願ってみようかしら。私は半分本気でそう思った。
臨時収入も魅力的だけど、私の切実な願いは、これから何をして生きていけばいいのかを知りたいことだった。
故郷を離れてもう四年になるが、私は未だに進むべき道を見つけられずにいた。今の仕事のやりがいが無いというわけじゃない。花は好きだし、お客さんに応じて花束を作り、笑顔で受け取ってもらえるのは、とても嬉しい。でも、それは、生活の糧を得るための仕事としては恵まれているに過ぎないとも言えた。
私の中に通低音としてある正体不明の苛立ちが、自分の道を見出すことによって消えていくような気がするけれど、果たして私の道などというものがあるのだろうかとも思う。
しばらく目を開けていると、室内の見え方が変わったことに気づいた。月が動いたからかもしれない。私はベッドから下りて窓際に行き、ブラインドを上げた。休みの日にピカピカに磨いたガラス窓を通して見上げた空に、丸く大きな月が輝いていた。雲や星の姿もなく、彼女は独り占めした天空を透明な光で満たしていた。
ふいに私の感情がゆれた。まるでこの世で一人ぼっちになったような孤独感が込み上げてきた。私は動揺し、急に息苦しさを覚えて、急いで窓を開けた。とたんに、夜の大地を包んでいた冷気が部屋の中に流れ込んできて、私は少しだけ落ち着いた。
いったい私はどうしたというのだろう。覚えてはいないが、何か印象的な夢でも見ていたのかもしれない。ある本に、夢は空想の産物ではなく、肉体を離れた魂によるリアルな体験だと書いてあったが、私の魂は一足先に未来を覗き見てきたのかもしれない。未来の私は、ふと立ち止まった街角で昔のことを思い出し、過ぎ去った日の私に何らかのメッセージを送るだろうか。
私は窓から身を乗り出して、目に入る空の面積を拡げてみた。
「きれいね」
誰に言うでもなく、つぶやいてみる。
知らない世界というものは確かにあるものだと思った。ぐっすりと眠っている頭上で、毎夜毎夜さまざまな空模様が展開していて、私はそれを味わうこともなく過ごしていたのだ。そのことが残念という気はしなくて、ただ小さな希望の芽が生じたように感じた。生きていくことは未知に出会うことで、それがどんなものであれ、私は受け入れてみようと思った。
なんだかスピリチュアルな心地になっていた。金色の光に満ちた夜空に浮かぶ月のマジックだろうか。私はあらためて月を眺めた。遙かの昔から地球に寄り添って暗い夜を照らしてきた彼女を、いや彼かもしれないが、美しいと思った。姿形だけでなく、その在り方を心底美しいと思ったのだ。
私は小さな溜め息をつくと、窓を閉めてブラインドを下ろした。それから、ふたたびベッドに入ると、窓の方を見やった。ブラインドの隙間から射し入る月光が、薄闇に幾筋もの道を描いていた。
day:
0
week:
4
total:
893
(since 09/may/2005 15:00) 閉じる ▲TOP