その20 深谷忠記 『長崎・壱岐殺人ライン』 角川文庫
人気の観光地には条件がある。見所が多く美味しいモノが豊富というのは当然であるが、更に「行き易い」という条件が重なる。本書のメインの舞台となる壱岐は、この国の観光地のなかで最も行き難い観光地の分類に入るのではないだろうか。
長崎から壱岐まで飛行機で30分の距離ではあるが、その飛行機が1日2往復の39人乗りプロペラ機である。また、博多から高速船が就航しているが、所要時間が1時間かかる。しかも、この高速船はスピード重視の設計のため、天候に弱い。少しでも海がシケれば運行中止となる。観光地といえども、現実には玄界灘の真っ直中にある孤島である。そう簡単に行ける場所ではない。
本書の舞台は長崎、壱岐、平戸である。物語は主人公の美緒が友人2名と壱岐へ旅行に行くところから始まる。美緒たちのグループは観光の道中で3人の若い男性に声を掛けられる。その3人は偶然にも美緒たちのグループと同じペンションに宿泊する。ペンションには、もう1組女性2名と1人旅の女性が宿泊する。そして、次の日、3人連れの男性グループの1人がペンションの離れの作業小屋で他殺体でみつかり、男性グループの1人が姿を消していた。やがて、姿を消した男性が平戸で自殺し、さらに最後に残った男性も殺される。そして、美緒は恋人である大学助手の秀才、黒江荘と2人で事件を解明に導くという話。
本書は主人公が警察や探偵ではなく、出版社に勤めるOLと大学助手の秀才恋人という設定が独創的である。事件に派手さが無く、淡々と論理的に事件の謎を解明するところに持ち味がある。さらに、本書の最大の特徴は、舞台に壱岐を選んだという点があげられる。
物語の冒頭部分に主人公が友人2名と壱岐の観光地を巡る。物語の内容には直接関係は無いものの、物語の中で、このマイナーな観光地を紹介してくれるのは嬉しい。世間にあまり知られていない観光地に光を当ててくれたのは、今後の観光客の増加にも繋がることだろう。
壱岐の観光地、例えば「ほらほげ地蔵」については本書の中で次のように記している。
「赤い帽子を被って赤い腰掛けを着けた石地蔵が六体、海の中に祭られている。腹に穴がほげて(空いて)いるので、ほらほげ地蔵というのだという。今は地蔵の全身が海中から出ていたが、潮が満ちてくると穴の空いた腹あたりまで水に浸るらしい」

「ほらほげ地蔵」は海岸埋立工事が行われるたびに移転され、現在は芦辺町の海岸にある。すぐ近くには「左京鼻」があるので、観光客が頻繁に訪れる。胸に穴があるのは、満ち潮になると頭上まで海に隠れてしまうので、供物が流されないために空けているといわれている。「ほらほげ地蔵」は、いったい誰が何のために建立したのは定かではないが、海難者を祀ったか、あるいは鯨の供養のために建立されたといわれている。
また、「猿岩」については次のとおりに記している。
「車を降りて、柵のほうへ進むと、すぐ先の海の中に、まさに横を向いて座った猿そっくりの巨大な岩があった。猿の背中に当たる部分が絶壁なので ―猿との相似を無視すれば― 岩は座るというより屹立していると言ったほうが適切かもしれない。岩の顔は西に回った陽を受けて明るいが、背中は陰になっていた。そのコントラストから、猿は、何か物思いながらじっと遠いかなたを見やっている・・・そんな印象を受けた」

「猿岩」は郷ノ浦町の黒崎半島突端にある高さ50mの奇岩である。壱岐の象徴的な観光地であり、浸食作用と自然植物により偶然にも猿の造詣が出来上がってしまったのだ。すぐ近くには第二次世界大戦時に日本最大の射程距離を誇っていた「黒崎砲台跡」がある。
深谷忠記は、本書のように日本各地の風物を探訪しながらの推理小説を得意としている。『××殺人ライン』と名付けた推理小説は、深谷忠記の商標のようなものである。本書の巻末の著作リストを見ると、西村京太郎や山村美紗などの大御所が手がけていない観光地、例えば伊良湖や犬山、鳥取などのマイナーな観光地も意識的に手がけているようだ。
観光地としては、そう簡単には行き難い場所だからこそ良い点もある。手垢にまみれていない観光地だからこそ新鮮な驚きがあり、自分だけが知っている稀少価値に溢れた観光地といった魅力もある。
旅はいつも心を弾ませる。非日常の世界に足を踏み入れるという、ちょっとした冒険心が心をくすぐるのだ。本書の主人公の美穂が、フェリーで壱岐の郷ノ浦港に着いた時の表現が印象的だ。
「美穂は自然に心が浮き立つのを感じた。列車や飛行機から降り立ったときとは違った気持ちだった」
観光ブックを片手に冒険に出かけなければ、この気持ちは分からないだろう。
(次回は西村京太郎。『雲仙・長崎殺意の旅』を紹介します)
本書の舞台は長崎、壱岐、平戸である。物語は主人公の美緒が友人2名と壱岐へ旅行に行くところから始まる。美緒たちのグループは観光の道中で3人の若い男性に声を掛けられる。その3人は偶然にも美緒たちのグループと同じペンションに宿泊する。ペンションには、もう1組女性2名と1人旅の女性が宿泊する。そして、次の日、3人連れの男性グループの1人がペンションの離れの作業小屋で他殺体でみつかり、男性グループの1人が姿を消していた。やがて、姿を消した男性が平戸で自殺し、さらに最後に残った男性も殺される。そして、美緒は恋人である大学助手の秀才、黒江荘と2人で事件を解明に導くという話。
本書は主人公が警察や探偵ではなく、出版社に勤めるOLと大学助手の秀才恋人という設定が独創的である。事件に派手さが無く、淡々と論理的に事件の謎を解明するところに持ち味がある。さらに、本書の最大の特徴は、舞台に壱岐を選んだという点があげられる。
物語の冒頭部分に主人公が友人2名と壱岐の観光地を巡る。物語の内容には直接関係は無いものの、物語の中で、このマイナーな観光地を紹介してくれるのは嬉しい。世間にあまり知られていない観光地に光を当ててくれたのは、今後の観光客の増加にも繋がることだろう。
壱岐の観光地、例えば「ほらほげ地蔵」については本書の中で次のように記している。
「赤い帽子を被って赤い腰掛けを着けた石地蔵が六体、海の中に祭られている。腹に穴がほげて(空いて)いるので、ほらほげ地蔵というのだという。今は地蔵の全身が海中から出ていたが、潮が満ちてくると穴の空いた腹あたりまで水に浸るらしい」

「ほらほげ地蔵」は海岸埋立工事が行われるたびに移転され、現在は芦辺町の海岸にある。すぐ近くには「左京鼻」があるので、観光客が頻繁に訪れる。胸に穴があるのは、満ち潮になると頭上まで海に隠れてしまうので、供物が流されないために空けているといわれている。「ほらほげ地蔵」は、いったい誰が何のために建立したのは定かではないが、海難者を祀ったか、あるいは鯨の供養のために建立されたといわれている。
また、「猿岩」については次のとおりに記している。
「車を降りて、柵のほうへ進むと、すぐ先の海の中に、まさに横を向いて座った猿そっくりの巨大な岩があった。猿の背中に当たる部分が絶壁なので ―猿との相似を無視すれば― 岩は座るというより屹立していると言ったほうが適切かもしれない。岩の顔は西に回った陽を受けて明るいが、背中は陰になっていた。そのコントラストから、猿は、何か物思いながらじっと遠いかなたを見やっている・・・そんな印象を受けた」

「猿岩」は郷ノ浦町の黒崎半島突端にある高さ50mの奇岩である。壱岐の象徴的な観光地であり、浸食作用と自然植物により偶然にも猿の造詣が出来上がってしまったのだ。すぐ近くには第二次世界大戦時に日本最大の射程距離を誇っていた「黒崎砲台跡」がある。
深谷忠記は、本書のように日本各地の風物を探訪しながらの推理小説を得意としている。『××殺人ライン』と名付けた推理小説は、深谷忠記の商標のようなものである。本書の巻末の著作リストを見ると、西村京太郎や山村美紗などの大御所が手がけていない観光地、例えば伊良湖や犬山、鳥取などのマイナーな観光地も意識的に手がけているようだ。
観光地としては、そう簡単には行き難い場所だからこそ良い点もある。手垢にまみれていない観光地だからこそ新鮮な驚きがあり、自分だけが知っている稀少価値に溢れた観光地といった魅力もある。
旅はいつも心を弾ませる。非日常の世界に足を踏み入れるという、ちょっとした冒険心が心をくすぐるのだ。本書の主人公の美穂が、フェリーで壱岐の郷ノ浦港に着いた時の表現が印象的だ。
「美穂は自然に心が浮き立つのを感じた。列車や飛行機から降り立ったときとは違った気持ちだった」
観光ブックを片手に冒険に出かけなければ、この気持ちは分からないだろう。
(次回は西村京太郎。『雲仙・長崎殺意の旅』を紹介します)
本日:2
今週:9
累計:8646(5/9 15:00より)
伊藤裕幸
on 11/18 at 08:49:AM
「猿岩」は笑えますが、「ほらほげ地蔵」はさすがに笑えません。壱岐は前回紹介したとおりに元寇の舞台となった島です。その影響でしょうか、地名や伝説には、鬼にまつわるものが沢山あります。特に「鬼の足跡」は一見の価値があります。
昨年3月に、家族で壱岐旅行に行きました。
ちょうど、転勤や就職、進学の別れの時期だったようです。港では、色とりどりの紙テープでフェリーに別れを告げていた光景を覚えています。紙テープが風に揺られ、汽笛が鳴ると、まるで叫ぶように別れの言葉が港に響き渡りました。
やはり、壱岐は紛れもない離島です。まるで、映画のワンシーンを見ているようでした。
住民
on 09/07 at 12:13:PM
壱岐が日本で一番行きにくい観光地?ちょっとそれには語弊があるのでは?
離島と言う枠でくくるのが問題かもしれませんが
離島の中ではまぎれもなく行きやすい分類に属します。
島民は予定を立てずとも気が向いたらふらっと福岡に行きますし
福岡からそのようにしてやってくる人もいます。
日本中には秘境は数多くあります。
たとえ本土であっても下手な山奥よりアクセスは良いですし。
日本の主要離島である佐渡、奄美大島、石垣島、宮古島、
種子島、屋久島などと比べても明らかにアクセスが良いです。
夜間に移動できる珍しい離島でもあります。
たとえ東京基点で考えてみても、3時間もあればゆっくり到着
出来てしまいます。日帰りする猛者も存在する位です。
日本一交通アクセスの良い主要離島なのです壱岐は。
橋がかかってる淡路などは離島とは呼びません。
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猿岩は写真で見るよりも実物は迫力が圧倒的です。
初めて見たときには、思わず笑い転げてしまいました。