その8 さだまさし 『精霊流し』 幻冬舎文庫
現実の『精霊流し』には情緒など何もない。
毎年8月15日に長崎で繰り広げられる、初盆に死者の魂を俗世から涅槃の彼岸に渡す『精霊流し』は、けっして厳かなイベントとはいえない。けたたましく爆竹を鳴り散らし、盛大に亡き人を偲ぶ「お祭り」なのだ。 街には露店が並び、爆竹で通行人が怪我をしないように警察官が厳重に警備をしている。そのなかを大小様々な精霊船が港に向かって曳かれてくる。華やかに飾りを付けた精霊船は、まるで夏祭りの山車や御輿のようにも見える。観客は狂ったような爆竹の音に耳を塞ぎながら、警察官の制止を振り切って回転する精霊船に歓声をあげる。それが『精霊流し』の現実なのだ。
さだまさしは、長崎県の出身である。生まれてから小学校を卒業するまでの間を長崎市内で過ごしている。その時のイメージが、彼の大ヒット曲『精霊流し』に繋がり、それをモチーフとして書かれたのが同名の本書である。本書はテレビ番組『ほんパラ!関口堂書店』の一企画として発行された。芸能人に小説を書かせて、実際に本にして売ってみようという企画である。さだまさしは、この企画の中で自伝的小説を書き、その本のタイトルに自分自身の出世作である『精霊流し』の題名をストレートに名付けたのだ。それが話題を呼び、映画化され、さらにNHKでドラマ化もされた。
物語の舞台は長崎と東京。さだまさしを投影した主人公櫻井雅彦の回想という形で物語は始まる。雅彦は3歳の時からヴァイオリンを与えられ、勉強のために長崎から上京する。芸大進学を諦め、バイトをしながらの苦学生の生活を送る話。従兄弟の春人の死の話。小学校時代のヴァイオリンのライバルとの再会の話。伯母さんの節子が死んで精霊流しを行う話。終戦間際の原爆と精霊流しの話。それぞれ独立した話が「死」を統一のテーマとして章立てされている。
確かに、さだまさしの作った歌は聞く者の心に響いてくる。言葉の紡ぎ方や豊かな感性、そのセンスは素晴らしい。しかし、陸上の短距離走の選手は、たいがいが長距離走が苦手であるように、それぞれ得意とする分野がある。作家としてのさだまさしは、どうやら長編小説には向かないようだ。さだまさしの作家としての力量は、短編あるいは中編の長さで発揮される。本書はエッセイのような中編小説を継ぎ接ぎのように重ね合わせて構成されている。さだまさしのファンであれば読み応えもあるだろうが、それ以外の読者には少し食傷気味になる。しかし、ラストの「お母さん 大好き」の言葉には胸を詰まらせる。さすがに、さだまさしはただ者ではない。
本書の第八話『鬼火』のラスト。昭和20年8月15日の敗戦の日を老人が語る。原爆が落とされて一週間も経っていないのに、その日廃墟の長崎で精霊船を見たと回想するのが印象的だ。
「原爆の落ちて、一週間もたっとらんとに・・・。船、ていうても二、三人でひと抱えの、小さか小さか船やった。哀しか風景やった。ちゃんと、チャンコーン、チャンコーンて鉦の鳴ってね。そいで、そのあとに、小さか声ばってん「ドォーイドイ」て聞こえるとよ。ああ、哀しか声やった。そげん思いでこの町の精霊流しは伝わってきたとよ」

『精霊流し』は田中光敏監督により2003年に映画化された。主演は内田朝陽。映画では精霊流しの描写については狂騒の部分はことごとく排除され、情緒溢れるイベントに魅せている。映画のファーストシーンで「万灯流し」の映像を使っているのも『精霊流し』のイメージを良くするための苦し紛れの工夫だろう。映画の中での長崎の風景というのは、やはり海の見える坂の街である。碧い海と坂道にヒトが行き交う、のんびりとした映像が随所に使われている。それが「長崎らしさ」なのであろう。
現実の精霊船は県庁坂を下って人混みに溢れる大波止にたどり着くと、そこで役目を終える。環境問題などへの配慮から、昔のように海に流されることはない。大波止に着いた精霊船は人目のつかない舞台裏で解体され、大きなゴミ回収船に積み込まれる。亡き人への供養はこれで終わる。遺族がコツコツと手作りをした精霊船は、あっと言う間に壊され、棄てられていく。そこには、祭りが終わった後で独りぼっちになったような、儚い侘びしさだけが残る。
さだまさしは、1989年に長崎市政協力表彰、1996年に長崎県民栄誉賞を受賞する。そして今年、長崎市の「栄誉市民」の称号が与えられた。長崎市長は、その理由を「本市のイメージアップに貢献し、長崎の魅力を全国に発信してくれた。市民に希望を与え、産業、経済での寄与も大きい」と説明している。
(次回も、さだまさし。『解夏』を紹介します)
毎年8月15日に長崎で繰り広げられる、初盆に死者の魂を俗世から涅槃の彼岸に渡す『精霊流し』は、けっして厳かなイベントとはいえない。けたたましく爆竹を鳴り散らし、盛大に亡き人を偲ぶ「お祭り」なのだ。 街には露店が並び、爆竹で通行人が怪我をしないように警察官が厳重に警備をしている。そのなかを大小様々な精霊船が港に向かって曳かれてくる。華やかに飾りを付けた精霊船は、まるで夏祭りの山車や御輿のようにも見える。観客は狂ったような爆竹の音に耳を塞ぎながら、警察官の制止を振り切って回転する精霊船に歓声をあげる。それが『精霊流し』の現実なのだ。
さだまさしは、長崎県の出身である。生まれてから小学校を卒業するまでの間を長崎市内で過ごしている。その時のイメージが、彼の大ヒット曲『精霊流し』に繋がり、それをモチーフとして書かれたのが同名の本書である。本書はテレビ番組『ほんパラ!関口堂書店』の一企画として発行された。芸能人に小説を書かせて、実際に本にして売ってみようという企画である。さだまさしは、この企画の中で自伝的小説を書き、その本のタイトルに自分自身の出世作である『精霊流し』の題名をストレートに名付けたのだ。それが話題を呼び、映画化され、さらにNHKでドラマ化もされた。
物語の舞台は長崎と東京。さだまさしを投影した主人公櫻井雅彦の回想という形で物語は始まる。雅彦は3歳の時からヴァイオリンを与えられ、勉強のために長崎から上京する。芸大進学を諦め、バイトをしながらの苦学生の生活を送る話。従兄弟の春人の死の話。小学校時代のヴァイオリンのライバルとの再会の話。伯母さんの節子が死んで精霊流しを行う話。終戦間際の原爆と精霊流しの話。それぞれ独立した話が「死」を統一のテーマとして章立てされている。
確かに、さだまさしの作った歌は聞く者の心に響いてくる。言葉の紡ぎ方や豊かな感性、そのセンスは素晴らしい。しかし、陸上の短距離走の選手は、たいがいが長距離走が苦手であるように、それぞれ得意とする分野がある。作家としてのさだまさしは、どうやら長編小説には向かないようだ。さだまさしの作家としての力量は、短編あるいは中編の長さで発揮される。本書はエッセイのような中編小説を継ぎ接ぎのように重ね合わせて構成されている。さだまさしのファンであれば読み応えもあるだろうが、それ以外の読者には少し食傷気味になる。しかし、ラストの「お母さん 大好き」の言葉には胸を詰まらせる。さすがに、さだまさしはただ者ではない。
本書の第八話『鬼火』のラスト。昭和20年8月15日の敗戦の日を老人が語る。原爆が落とされて一週間も経っていないのに、その日廃墟の長崎で精霊船を見たと回想するのが印象的だ。
「原爆の落ちて、一週間もたっとらんとに・・・。船、ていうても二、三人でひと抱えの、小さか小さか船やった。哀しか風景やった。ちゃんと、チャンコーン、チャンコーンて鉦の鳴ってね。そいで、そのあとに、小さか声ばってん「ドォーイドイ」て聞こえるとよ。ああ、哀しか声やった。そげん思いでこの町の精霊流しは伝わってきたとよ」
『精霊流し』は田中光敏監督により2003年に映画化された。主演は内田朝陽。映画では精霊流しの描写については狂騒の部分はことごとく排除され、情緒溢れるイベントに魅せている。映画のファーストシーンで「万灯流し」の映像を使っているのも『精霊流し』のイメージを良くするための苦し紛れの工夫だろう。映画の中での長崎の風景というのは、やはり海の見える坂の街である。碧い海と坂道にヒトが行き交う、のんびりとした映像が随所に使われている。それが「長崎らしさ」なのであろう。
現実の精霊船は県庁坂を下って人混みに溢れる大波止にたどり着くと、そこで役目を終える。環境問題などへの配慮から、昔のように海に流されることはない。大波止に着いた精霊船は人目のつかない舞台裏で解体され、大きなゴミ回収船に積み込まれる。亡き人への供養はこれで終わる。遺族がコツコツと手作りをした精霊船は、あっと言う間に壊され、棄てられていく。そこには、祭りが終わった後で独りぼっちになったような、儚い侘びしさだけが残る。
さだまさしは、1989年に長崎市政協力表彰、1996年に長崎県民栄誉賞を受賞する。そして今年、長崎市の「栄誉市民」の称号が与えられた。長崎市長は、その理由を「本市のイメージアップに貢献し、長崎の魅力を全国に発信してくれた。市民に希望を与え、産業、経済での寄与も大きい」と説明している。
(次回も、さだまさし。『解夏』を紹介します)
本日:1
今週:12
累計:13103(5/9 15:00より)
伊藤裕幸
on 08/26 at 08:05:AM
さだまさしほど評価が極端に別れるミュージシャンも珍しいのではないでしょうか。ある人は心に刻まれたといい、ある人は生理的にどうしても受け付けないといいます。思うに、さだまさしは強運の持ち主のようです。以前、自ら映画を作成して大失敗し、巨額の借金を背負って再起不能かと思われました。が、いつのまにかまた陽の当たる場所に戻って来ました。よっぽど運勢の強い星の下に生まれたのでしょう。
出雲
on 08/26 at 22:32:PM
美しいとは思いますが私もどうも、生理的までとはいきませんが、甘すぎるようで。ただ、それほど強運とは知りませんでしたね。
運も実力のうち、一時代を築いたヒーローではありますね。
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壁にはさだまさしと大昔に撮影した黄ばんだ写真がかかっています。よくみるとこの店の前で撮影したものらしい。
10人も座れないカウンター席は、中年のさだまさしファンでうまっていて、話題もさだまさし一色というものすごい光景。すだれ頭をかきあげながらみんなでさだまさしの歌を唄っておりました。