2006
10
Sep |
とすれば、先ほどの四色不動の話も、信頼度が低くて当然ということになる。この文から想像するかぎりにおいてだが、夏山雑談の著者は嗜楽麿という爺さんとこんな会話をしたのではないか。話題を切り出すのは著者のほうである。
「京に岩倉というところがおますな。あれ、四つあるそうですけど」
「ええ、京の東西南北に岩倉と名のついたところがおます。これは遷都のときに四神相応でつくったもんでしてな」
「はあ、なるほどなあ」
「そういえば、江戸にも似たようなもんがおますな。目黒、目白、それから目赤に目青っちゅうところがあるとか言いますな」
「そんなところがおますか」
「らしいでっせ。これは聞いた話ですけど、幕府がつくられたとき、南光坊が……」
「だれでっか、それ」
「慈眼大師ともいいますな。天海僧正です。この方が将軍様の命令で江戸鎮護のために四方にお不動さんの像を立てたそうですわ。その目を赤・黒・青・白の四色にしはってから、その地名になったとか言うてはりましたな」
「それも四神相応だっか」
「そうでっしゃろな」
雰囲気としては、上岡竜太郎と笑福亭鶴瓶の、言いたい放題のやりとりみたいなものであろう(ネタが古いが)。聞いた話も推測も、もちろん事実も、何もかも入り乱れてしまっているような気がしてならない。『夏山雑談』をひととおり眺めてみると、もの知り爺さんの話を、真偽は別にして、ただ単にそのまま寄せ集めてまとめたもの、という雰囲気が全編にただよっているのである。
五色不動の話題からは少し離れるが、いくつか見てみよう。
○天神地祇
天神地祇は、天神は清音(=てんしん)、地祇は濁音(=じぎ)だ。古事記の神代巻に、「澄み明らかなるものはたなびいて天となり、重く濁れるものは続いて地となる」云々とある。このために、「天神」は澄み、「地祇」は濁っているのである。
○風雨をあめかぜと読むこと
神代の巻に、「風雨」という字に「かぜあめ」とふりがなをつけてある。これは一文字ずつにかなをつけたものだからだ。本当は風雨と書いてあっても「あめかぜ」と読みなさい。我が国の言葉では「かぜあめ」とはいわない。「あめかぜ」という。漢字を借用したときに、「あめかぜ」に「風雨」という連続字を使ったのだ。
神代の巻に限らず、和書にはこういった類のものが多いことだ。「風波」も「なみかぜ」、「山海」も「うみやま」、「昼夜」も「よるひる」、「夫婦」も「めおと」である。
このあたりは本当かもしれないが、でたらめかもしれない。ただ、知らない人が聞いたら、なるほどと思ってしまいそうなウンチクばかり、裏付けのない受け売りトリビアの宝庫である。五色不動の項目は、その最たるものといえよう。さすがに怪しいと思ったのか、編著者も爺さんの話をそのまま載せるのではなく、いろいろな人に聞いて回ったり、目黄不動について調べたりしたようだ。しかし、結局裏がとれていないのである。
四神相応の四色不動説は根拠薄弱と言わざるをえない。
ここではっきりと言えることがある。江戸時代には、五色不動は存在しなかった。少なくとも三つの「目」のつく不動は並び称されていたが、それを「三不動」というようにセットにしたこともなかったし、ましてや目青・目黄の両不動は存在さえもしていなかった。
しかし、現在の「五色不動伝説」そのものの萌芽は、この江戸時代半ばの『夏山雑談』にみられる。つまり、「五色不動は天海によって江戸鎮護のために作られた」という「都市伝説」は、この大坂のトリビア本『夏山雑談』に由来すると断定してもいいだろうということだ。
五色不動はなかった。
五色不動という都市伝説は、江戸時代半ばの大坂で生まれた。
これが結論だ。
「京に岩倉というところがおますな。あれ、四つあるそうですけど」
「ええ、京の東西南北に岩倉と名のついたところがおます。これは遷都のときに四神相応でつくったもんでしてな」
「はあ、なるほどなあ」
「そういえば、江戸にも似たようなもんがおますな。目黒、目白、それから目赤に目青っちゅうところがあるとか言いますな」
「そんなところがおますか」
「らしいでっせ。これは聞いた話ですけど、幕府がつくられたとき、南光坊が……」
「だれでっか、それ」
「慈眼大師ともいいますな。天海僧正です。この方が将軍様の命令で江戸鎮護のために四方にお不動さんの像を立てたそうですわ。その目を赤・黒・青・白の四色にしはってから、その地名になったとか言うてはりましたな」
「それも四神相応だっか」
「そうでっしゃろな」
雰囲気としては、上岡竜太郎と笑福亭鶴瓶の、言いたい放題のやりとりみたいなものであろう(ネタが古いが)。聞いた話も推測も、もちろん事実も、何もかも入り乱れてしまっているような気がしてならない。『夏山雑談』をひととおり眺めてみると、もの知り爺さんの話を、真偽は別にして、ただ単にそのまま寄せ集めてまとめたもの、という雰囲気が全編にただよっているのである。
五色不動の話題からは少し離れるが、いくつか見てみよう。
○天神地祇
天神地祇は、天神は清音(=てんしん)、地祇は濁音(=じぎ)だ。古事記の神代巻に、「澄み明らかなるものはたなびいて天となり、重く濁れるものは続いて地となる」云々とある。このために、「天神」は澄み、「地祇」は濁っているのである。
○風雨をあめかぜと読むこと
神代の巻に、「風雨」という字に「かぜあめ」とふりがなをつけてある。これは一文字ずつにかなをつけたものだからだ。本当は風雨と書いてあっても「あめかぜ」と読みなさい。我が国の言葉では「かぜあめ」とはいわない。「あめかぜ」という。漢字を借用したときに、「あめかぜ」に「風雨」という連続字を使ったのだ。
神代の巻に限らず、和書にはこういった類のものが多いことだ。「風波」も「なみかぜ」、「山海」も「うみやま」、「昼夜」も「よるひる」、「夫婦」も「めおと」である。
このあたりは本当かもしれないが、でたらめかもしれない。ただ、知らない人が聞いたら、なるほどと思ってしまいそうなウンチクばかり、裏付けのない受け売りトリビアの宝庫である。五色不動の項目は、その最たるものといえよう。さすがに怪しいと思ったのか、編著者も爺さんの話をそのまま載せるのではなく、いろいろな人に聞いて回ったり、目黄不動について調べたりしたようだ。しかし、結局裏がとれていないのである。
四神相応の四色不動説は根拠薄弱と言わざるをえない。
ここではっきりと言えることがある。江戸時代には、五色不動は存在しなかった。少なくとも三つの「目」のつく不動は並び称されていたが、それを「三不動」というようにセットにしたこともなかったし、ましてや目青・目黄の両不動は存在さえもしていなかった。
しかし、現在の「五色不動伝説」そのものの萌芽は、この江戸時代半ばの『夏山雑談』にみられる。つまり、「五色不動は天海によって江戸鎮護のために作られた」という「都市伝説」は、この大坂のトリビア本『夏山雑談』に由来すると断定してもいいだろうということだ。
五色不動はなかった。
五色不動という都市伝説は、江戸時代半ばの大坂で生まれた。
これが結論だ。
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