阪神大震災の記憶のために Ⅱ (七 もっとも輝いていたときに)-10年後の既視感 by 上念省三 マチともの語り-地域・物語り・短編小説
阪神大震災の記憶のために Ⅱ (七 もっとも輝いていたときに)
author: 上念省三
Posted on 02/24
 日常生活で、叫ぶことなどない。私たちは抑制して、またはされて、暮らしている。
 1月中旬には、震災10周年ということでひじょうに多くのイベントが開かれた。私は勤め先の大学で入試業務を担当しているために、センター試験のあった15、16両日は動きがとれず、参加したいと思えるいくつかのイベントに参加できなかった。翌週の23日、やっと最終日になってCAP HOUSEと名付けられた、元の神戸移住センターで「someday, for somebody いつかの、だれかに 阪神大震災・記憶の<分有>のためのミュージアム構想|展 2005 冬 神戸」を見た。
 2階の1室には譜面台のようなものとマイクが設置してあり、何やら人の声がスピーカーから流れていた。譜面台には詩集のコピーが置かれていて、人の声はその詩編を朗読するものであることがわかった。置かれていた詩は、安水稔和のものと季村敏夫のものだった。前節で一部を紹介した季村の「夏の衣」も置かれていて、何種類かの声によって読まれているようだった。
 詩は、特に戦後の現代詩は朗読されるように作られていないし、朗読がふさわしいとも思えない。しかしこの小さな部屋の中で、気紛れのせいか季村の声音をちょっと思い出しながら、じゃあ読んでみようかなと思って譜面台の前に立った私は、結果的に言葉が出せないで立ちすくんでいたのだった。
 もちろん初めて読んだ作品ではなかった。何度か黙読してはその重みに感心する作品ではあったはずだ。しかし、その言葉を目で読んで、からだで感じて、声に出して、その響きを再びからだで感じて、耳で聞く、という一連の流れを自分のからだに通すことが、本当に空恐ろしくなってしまったのだ。改めて全編引いてみよう。
そこでもっとも美しく、
輝いていたとき彼等は消滅する。

あれは、寒い、寒い、朝まだき。

この夏も旅にでる。
夏の衣に身を包む。
もっとも美しい夏の、夏にふさわしい、
それが流儀だとうそぶき。

「もう、いい。もういいから」
放たれた言葉と、残したかったおもい。
ときどきおもい起こすことがあり、
そのままうつむく。

横顔がゆれ、これで見納めと、髪を切り。
胸に焼きつけ。そのまま背中を向ける。
うつむいて。うずくまって。
しゃがみこんで。横顔ゆれ。

もはや、もう。
私達は、なにをも、おもいだせなく。
いっさいを空の青さに従わせる。

それが川でなくてなんだろう。
そうまでねがわれた光を遠ざけ、逃れていく。

うなだれて、ふぐりとともにドアを閉める。
ことごとく書物を封じる。

来信なし。やがて茘枝(ライチー)が熟れる。

 (季村敏夫「夏の衣」 詩集『日々の、すみか』所収)

 この作品を読み解くためには、主体が言葉を投げかける対象の揺れが重要な鍵となる。まず、これから消滅した彼等のことを叙述することを宣言する、強く感傷に撓んだ感懐である。彼等とは誰か、と思いながら次の行へ移ることになる。そして「あれ」という遠くを指す指示代名詞と「寒い、朝」という叙述によって、時間を過去に遡る回想が始まることが予感させられる。読む者はこの一連の詩集で叙述されることが震災に関することだということはわかっているわけだから、寒い朝というのがあの地震のその時であることは知っている。一種、身構える。
 続いてそのまま過去に入り込んでいくのかと思うと、時間は今現在の日常に立ち返る。前の行であの寒い朝に連れて行かれた読む者は混乱する。連続するような二つのことを思う。一つは、ここで詩人がすぐに寒い朝に戻っていくことをためらってしまったのではないか。もう一つは、その延長上にあるのかもしれないが、現在の日常に立ち寄ることで、あの寒い朝に人生を切断された者と、まだ日常を生きている者を対比する必要に迫られたのではないか。
 しかしなぜ、「もっとも美しい夏」というのか。冒頭の定義に従えば、それは消滅につながることになるのだが。もし私がこの詩人だったら、ここで本当は自分自身の消滅を願っていたのだと言うことになるだろう。「もういいから」と言って、激しい炎に包まれていく者との対比において。もちろん、ここでは「もういいから」と言う者を残し、胸に焼きつけて背中を向けたのが、この詩人であったとは書かれていないが、それはそうであってもなくても、同じことであるように思う。私たちはその現場に立ち会わなくとも、その現場を容易に想像することができるからだ。
 さて、この詩を朗読しようかなと思った私は、文字を目で追いながら、この「もう、いい。もういいから」で行き止まった。この文字を声に出すことなど、どのようにしたって絶対にできっこないと思ったのだ。

本日:2 今週:8 累計:2768(5/9 15:00より)



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