事件は港からやって来た……横浜・神戸 二都物語
2005
08
Oct
Posted by 佐田 薫子 on 19:20 / Category : 横浜・神戸二都物語
●ヨコハマポートサイドのアート縁日
 横浜駅東口からほんの三分ほど歩くと、横浜港内湾に面してマンションが建ち並ぶヨコハマポートサイドというところにたどり着く。ここの、十月のとある土日は極めてユニークである。
 街の中にある海に面するその名も水際公園(ポートサイド公園)に、全国各地から、木彫り、焼き物、テキスタイル、写真、絵画、アクセサリーなどなど、多種多様な作家=作り手が集まり、自分たちの作った作品を売るという、独特な地域のお祭りが開かれるのだ。
 ヨコハマポートサイド自体は、役所が進める「アート&デザインの街づくり」というコンセプトの下、建物の基本イメージ設計にデザイナーを起用し、敷地内や建物内部のそこかしこににアート作品を散りばめ、地区の中心にそびえるオフィス棟にはコンテンポラリー系ギャラリーを併設するなど、積極的な展開を続けて来た街である。まさにバブルの申し子というべき街でもある。


ヨコハマポートサイド 設置アート作品「ザ・ファミリー」エットレ・ソットサス

 その中で、一九九四年(平成五年)の街開きイベントとして始まったこの「アート縁日」は、今年で既に十四回目を数え、街のお祭りとして確実に定着している。
 このお祭りの主役は、自分たちの作った作品を売る作家=作り手である。新進気鋭の芸術家たちと言っても可笑しくない。彼らは、売り場として与えられた一.八メートル×一.八メートルの正方形のスペースに、作品を手際よく趣向を凝らして飾り付け、人の目を惹く。このスペースは一坪アートが通称である。
 開催当初、一五〇人ほどの参加で始まったこのイベントも、今では抽選会を行って参加者を選抜するまでに人気が高まり、毎回ブース数にして一八〇余、そして五〇〇人を超える作り手が、このポートサイドの街に集結している。
 思い思いに工夫を凝らした作品の数々は、ただ、見て歩くだけでも充分に楽しく、アートのウインドーショッピングさながら、まるで小さなミュージアムが建ち並んでいるようである。




アート縁日14

 なんとも言えずにユニークな顔つきの縮緬布で創られた人形たち。今では、その味のある姿を活かして、とある薬用ドリングのCMでも活躍中らしい。
 少々小憎らしい顔つきの黒猫をモチーフにした、絵はがきや缶バッチ。
 見事な切り絵で表現された虫や花たちのカード。
 港らしい景色や街の夜景が写し取られた写真は素晴らしいが、潮風に痛まないモノかといらぬ心配をしてみたりする。
 テラコッタで創られたミニチュア家具には、同じくテラコッタ製の人形がちょこんと座って、のぞき込む人々に、愛想を振りまいている。
 どっしりとした質感がいかにも手作りなので・・・、とこちらに訴え掛けてくる焼き物の数々、不思議なのはぐい飲みが妙に多いこと。
 華やかなガラスの器の数々が、秋の陽射しを受けて華やかに煌いている。
 細かい編み目に作り手の心が感じられるニット帽やマフラーが、これからの季節に最適といわんばかり。
 金属と流木の出会いが面白いクリップには、なんと手足に目と口も付いている。
 携帯電話のストラップやイヤリングなどアクセサリー類も、流行のビーズを使ったキラキラ系から、組紐、木彫りまで多種多様に並んでいる。
 中でも、怪獣や妖怪をモチーフにした作品は、いつもの事ながら人目を惹いて、スペースの前に人だかりが途絶えることはない。
 などなど…。
 

 例年十月に開催ということで、屋外イベントに付きものの、天候不安を除けば、街全体でアートを体感する芸術の秋に相応しい一日を過ごせるのだ。ちなみに、今年は十月八日と九日に盛大に開催される。
 この横浜発の『アート縁日』も、今では日本各地で同じ様に行われ、若手芸術家のかっこうの発表の場となっているのである。そして、このイベントが、横浜で一番楽しいミュージアムと言えるのではなかろうかと思っている

●文化的な街とは
 『都市の空気は人を自由にする(Stadtluft macht frei)』とは、ヨーロッパの中世都市自治を表現する言葉であるが、それと併せて文化的雰囲気やその楽しさを享受し、日々を過ごす人々の姿が思い浮かばれる。
 都市=街の品格を現す一面は、その文化的要素である。しかしながら、いかに優れて著名な建築家に依頼して、箱物ばかりを造ろうと、どれほど金額を投じて有名画家の作品を集めようとも、本来テーマ性を持ったマネージメント機能こそが、その箱の善し悪しを決めるものではないだろうか。
 いくつもの美術館や博物館があり、そこにどれほど人を集めようと、本当にそれが文化的な都市であるのか、はなはだ疑問に感じられる。そして「文化的な」と口にするところほど、それはあこがれを持って語るに過ぎない、むしろ哀れさを感じさせるのである。

 横浜の美術館と言えば、市立の美術館として「横浜美術館」がある。みなとみらい地区の埋め立てがまだ続いている中、一九八九年(平成元年)にオープンした当初は、今は亡き昭和の大御所建築家丹下健三設計として、また内観が海外のとある有名美術館をイメージさせることから、その収蔵品の内容よりも有名になった。その後、展示室の使い辛さと収蔵スペースの狭さを指摘され、雨漏りがあったことなど、また近頃では、どこぞからの指摘を受けたわけでもなく、企画を立てた美術館サイド自らが、なぜか突然、公序良俗に反するとの判断をして、オープンニングの直前、一部展示スペースの閉鎖を行う事件があって、美術界筋には、いたく評判が悪いようである。
 同じく有名建築家を設計に起用した文化ホールが、来場者の導線が複雑であるとか、大小一つずつ或るホール同士の音漏れがひどくて、どうにもしようがないという噂もあるが、多目的ホールとして造られた施設故の宿命で「多目的ホール」=「無目的ホール」なのでと、苦笑して済まされる話でもない。どうも、バブル時代の文化施設には、そんな腹の立つ話ばかりが付きまとうようである。

 横浜美術館自体の設立テーマとしては、「発祥の地を意識する『写真』」と「未来の街を担う『子ども』」という二本柱を掲げ、それに根ざした展示企画が目玉であったはずだが、なかなか思うに任せないと、学芸員のぼやく声も聞こえてくる。
 人を集める企画を立てなければ、運営もままならないということらしい。文化で稼ぐのは殊更に難しいようである。その中で、重圧にもめげず地味ながら、来館者に作品に対する印象や思い出などを語ってもらい、収蔵作品を人気投票によって展示したり、作品作成の手法や背景をスタンプラリーさながらのゲーム方式で紹介するなどと、参加型の企画を続けている学芸員の姿勢には、心からエールを送るものである。

 あちらこちらの街に行く時、美術館や博物館を訪れるのは欠かせない。その土地ならではの食べ物や飲み物を味わうのと同じぐらい、そこならではの楽しみであると思っている。
 どれほど、それが小さなモノであろうとも、農具のみが飾られた鄙びたモノであろうとも、此処こそが『我が街のミュージアム』と、来訪者に誇れる内容を持つモノであるならば、素晴らしいことである。なぜならば、「ハレ」も「ケ」もある日々の暮らしを送る場から、あふれ出るモノこそが「文化」であると考えるからである。

 美術館や博物館を意味する『ミュージアム』という言葉が、ギリシャ神話で美術・工芸・音楽を司るミューズ神を語源とすることはよく知られている。その言葉からは、艶やかな女神が舞い踊る姿を背景に、笑いさざめき街を楽しむ人々の顔が感じられる。まさに『都市の空気は人を自由にする』のである。


アート縁日14

 開港の街・横浜は、近代において様々な「西洋文化」を受け入れて来た街の一つである。それらのモノをこだわりなく飲み込み昇華し、地に根ざした新しい「文化」に発展させ、多くの人が行き来する街であった。
 横浜に暮らす住人の一人として、この地に、文化を継承する質の高いミュージアムが数多く開かれ愛されること、そして人々の心を豊かにし、文化的香りが漂う街であって、だからこそ誇りを持って友人たちを招きたい、と願ってやまないのである。(了)

 



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