事件は港からやって来た……横浜・神戸 二都物語
2005
26
Oct
Posted by 佐田 薫子 on 00:00 / Category : 横浜・神戸二都物語
●出船入り船、金波に銀波
 ついこの前まで、七つの海を越えて横浜の港にやって来る船乗りたちは、誰もが口を揃えて、ハマでは「キング」と「クィーン」と「ジャック」が出迎えくれるのだと、自慢したものなんだ。  トランプの札が、一体ぜんたいどうして港にと、不思議に思うだろう。そうさ、ハマの港には「キング」「クィーン」「ジャック」が居るんだよ。

 キングっていうのは「神奈川県庁」にある塔のこと。

神奈川県庁
神奈川県庁:キングの塔

 クィーンは「横浜税関」にある塔のこと。

横浜税関 クィーンの塔
横浜税関:クィーンの塔

 そして、ジャックが「横浜市開港記念会館」にある塔のことなのさ。


横浜市開港記念会館:ジャックの塔

 どの塔も、思い思いに装って、それがなんとも素敵に港からはよく見えたってわけ。だから親しみを込めて名前を付けたのさ。なんて言ったって、こいつらが、船乗りたちにとってのハマのランドマークだったから…。

 キングの塔がある建物は「神奈川県庁本庁舎」と厳めしい名前に相応しく、こげ茶色のスクラッチタイルで飾られた外壁も落ち着いて、見るからに威風堂堂として居るじゃないか。
 ここは、横浜開港の時に、運上場が設けられた場所というから、まさにハマの歴史そのもの。ちなみに、運上場っていうのは、県庁と市役所と税関と外務省を併せたような、お役所のことだけどね。
 まるでメソポタミアの神殿ジッグラットみたいに見えるキングは、一九二八年(昭和三年)に出来上がった。
 この塔、見方によっては五重塔にも見えるが、それもそのはずで、時代が時代だから殊更に日本らしさを強調したというわけらしい。こいつは帝冠様式というそうだが、この後に造られた日本の官公庁の建物は我も我もと真似をするようになったというからすごいもんだ。出来上がったその時には、ハマにやって来た旅人たちをさぞかし、驚かせたことだろうね。
 今の建物は、県庁としては四代目になるそうだけど、塔のこともあって、俺としては一番気に入っているのさ。


神奈川県庁

 「横浜税関」の塔のことを、なぜクィーンと呼ぶのか、不思議に思うやつは多分いないだろう。
 イスラム寺院にあるモスクをイメージさせる、淡く軽やかな緑青い色をしたドームを冠り、海を望んですらりとベージュ色の磁器タイルで覆われた背を伸ばした姿には、得も言われぬ色気と、そこはかとなく漂う儚さを、誰しもに感じさせるものらしい。
 長い航海の果てに、横浜にたどり着いた異国の船乗りたちの目に一番最初に映るのは、まさに港の女そのもの、このクィーンだったわけだ。
 何も言わずとも、どんな優しい言葉よりも、ただいるだけで、心に響く姿ってものさ。
 ところで、このクィーンだけれども、建てられたのは一九三四年(昭和九年)のことになる。
 五十一メートルの高さの塔は、三つの塔の中で一番長身ということになるのだが、実は最初の設計案では、すでに完成していた県庁よりも低かったらしい。それが、国の表玄関となるべくこの庁舎が、県ごときの建物より低いのはけしからんと、お役人金子隆三税関長が鶴の一声でキングより四メートルほど高くなったとは、澄ました顔をしたクィーンに聞いてもみても、本当のことかどうかは、けっして教えてくれないのだ。


横浜税関

 「横浜市開港記念会館」のジャックの塔が建てられたのは、一九一七年(大正六年)のこと。これでわかるとおり、ジャックと若者のようだけれでども、三つの塔の中では、一番の年寄りということになる。
 こいつが建つことになったのは、一八九一年(明治二十四年)の開港五十周年記念事業のおかげで、おまけに建設費が全部、市民の寄付だというから恐れ入るよ。
 赤い煉瓦に白い花崗岩の段だら模様の塔は、関東大震災でも無事だったものの、銅製のドーム屋根が焼け落ちて無くなっていたのを、今度は市政百周年、開港百三十周年記念の時に復元が決められて、一九八九年(平成元年)に見事ドームが出来上がり、国の重要文化財指定を受けたのだから、俺も鼻が高いよ。


横浜市開港記念会館

 金波銀波に揺すられて、出て行く船を見送る三つの塔。
 港っていいもんだろう?

●エースのぼやき
 ところで、お前は一体誰だって?
 俺は、馬車道に有る「神奈川県立歴史博物館」さ。
 造られたのは一九〇四年(明治三十七年)で、元は「横浜正金銀行本店」だ。「正金銀行」というのは、当時の外国との金融・貿易を一手に扱う国肝いりで作られた銀行というわけで、国際的にも有名な銀行だったんだ。
 国の威信を示すためだろうか、ドイツネオバロック様式という俺の造りの固いこと固いこと。まあ、関東大震災にも生き延びたわけだし、総石造りというのも悪くはないけれどね。
 おかげでこの間、目出度く百歳を迎えることも出来たし、だから勿論、キングたちよりも、はるかに年長者ということにもなるわけだ。
 そして、馬車道っていうのは、もう百五十年近くも前に出来たすごい道。何てったって最新の乗り物だった馬車を通すために造った道なんだから。当時関内は居留地って呼ばれていて、その中でも目抜き通りだったんだ。
 いつの間にやら、裏口みたいになってしまったのが悔しいが、馬車道側にある玄関から入って階段の途中で振り返ると、ちょうど通りの斜め向こうに建っている昔の建物が見えるんだが、これが大正から昭和の初めにかけて建てられたものと来ているから、なかなか趣のある光景になる。もっとも、それを見ようとすると、腰を屈めて覗き込むようにしないといけなくて、至極、妙な格好になるんだけどな。
 そう言えば、俺の事を「エース」と呼んでくれた人間もいたんだぜ。やっぱり塔というかドーム屋根が、そんな風に見えたのかな。だから、震災で焼けて骨組みだけになっていたのを、元通りに復元してくれたのには感謝しているんだ。
 「エース」と呼ばれて、そりゃあ、悪い気分はしなかったよ。ちなみに、俺も重要文化財だけど、まあそれはどうでもいいことか…。


神奈川県立歴史博物館

 時代は変わるというけれど、キングもクィーンもジャックも、今じゃ港からちっとも見えなくなってしまったよ。
 横浜港をざっくりと横切る「横浜ベイブリッジ」とかいう、どでかい橋も出来て、橋の上から船を見送るっていうのには驚かされたし、挙げ句の果てには、みなとみらいの埋め立て地に建った「ランドマークタワー」。このごつくて背が高いだけが取り柄のビルが、えらくハバを効かせて、港に入ってくる豪華客船に挨拶する始末さ。
 末広がりの様子が富士山に似ているとか、似せたとか言う噂だけれど、言ってみれば建造物ではないけれど、日本のランドマークの富士山に随分と失礼な話のように、俺には思えるけれどね。
 もっとも、今だから話すことだけれども、「キング」「クィーン」「ジャック」、そして俺が「エース」とトランプの札がそろい踏みで、横浜はイケテル港町だと思ってはいたが、どうも、何か大事なものが欠けている様な気がして、胸の中がもやもやしてならなかったんだ。
 この間、それが何だかやっとわかったのさ。
 実は「ジョーカー」が居ないのだってことが。でも、そいつがランドマークタワーのことだなんて、絶対に思いたくはないけどな。(了)

【参照文献等】
・『ヨコハマ建築・都市物語』吉田鋼一・久我万里子共著 丸善株式会社 一九九五年(平成七年)
・『神奈川県庁物語』神奈川県出納局 一九八九年(平成元年)
横浜税関ホームページ(税関とは)
中区役所ホームページ(横浜市開港記念会館)
神奈川県立歴史博物館ホームページ(建物案内)

 



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Mr.トランポリン
ジャックが一番年寄りとは、面白い。
東京駅に似ているのも、何かの縁ですか。
on 06/07/06 at 20:34:PM