ぼくたちの空(4) - ぼくたちの空とポポの木 by まつざわなおき マチともの語り-地域・物語り・短編小説
2005
07
Aug
Posted by 松沢直樹 on 11:09 / Category : ぼくたちの空とポポの木
「うそや。ひろえ先生が入院なんかするわけがなか。あげな元気にしとった先生が入院なんかするわけがなか。今日必ず学校に来るって、やくそくしたっちゃもん。うそや、校長先生は、うそをついとるんや」

博史の声だった。校長先生よりも大きな声が、しんと静まり返った体育館にひびいた。

そうだよ。ぼくと博史と先生の三人でやくそくしたもん。そして、クラスのみんなと今日必ずポポの木の実を食べるってやくそくしたもん。

それなのにどうして? どうして、ひろえ先生が学校にやってこないの? 校長先生うそでしょ? うそだって言ってよ。

みんなも同じ事を考えていたみたいだった。
あっと言う間に、クラス全員から声があがった。

「三年二組、しずかにしなさい。だまって校長先生の話を聞きなさい」

となりのクラスのたんにんの先生がさけんだ。「鬼ばばあ」って、かげぐちを言うやつがいるきびしい女の先生が、なみだでぐしゃぐしゃになっている。

なんで? なんで? どうして先生もないてるの? 何をぼくたちにかくしてるの?

なんであんなにやさしいひろえ先生が、入院なんてしなきゃいけないの? やくそくを必ず守るひろえ先生が、なんで学校にやってこないの? うそだよ。みんなでうそをついてぼくたちをだましてるんだ。

そのうち、ぼくたちのクラスだけじゃなくて、全学年の児童全員がさわぎだした。

「いいから、だまって校長先生のお話を聞きなさい。今から校長先生が本当のことを話してくださいます」

またとなりのクラスの先生がさけんだ。ぼくたちは少しずつしずかになった。そしてまただれも何も話さなくなった。
全学年の児童がしずかになったのを見計らって、校長先生は話を続けた。

「しずかにしてくれてありがとう。実は、入院される前に、横川先生とは電話でお話をしました。

そして、なぜ今日学校に来ることができなくなったのか、校長先生からみんなに話してほしいとたのまれました。

正直に言うと、校長先生も、三年二組のみんなや児童のみなさんに、どう話したらいいのか分かりませんでした。

それで、学校の先生全員で話し合って、三年二組のみんなと、児童のみなさん全員に、横川先生がなぜ今日学校に来られなくなったのか、お話することにしたのです」

校長先生はなみだを流していた。こっそり見回してみると、全学年の先生がなみだを流していた。一体どうしたんだろう? 

そう思った時だった。校長先生がまた話を続けた。

「横川先生は、白血病というむずかしい病気にかかられて、入院されることになりました」

「はかせ、どうしたの?」

先頭にいたクラス委員のはかせの足がふるえていた。
ななちゃんが、はかせの後ろから話しかけるのが聞こえた。でも、はかせは何も答えなかった。

はかせのお父さんは、お医者さんだ。だから、はかせも病気のこととかにすごくくわしい。きっと校長先生が言った「白血病」っていう病気のことも知ってるんだろう。

はかせ、君は何を知ってるの? 教えてよ。ひろえ先生はどうなっちゃうの? ポポの木の下で、博史とゆびきりをした時のひろえ先生のやさしい顔が頭の中にうかんで消えないよ。

何も考えられなくなって、下を向いた時だった。校長先生が話をつづけた。

「なぜ、あんなにやさしい横川先生が、そんなむずかしい病気にかかることになったのか。

わたしも学校中の先生も、みなさんにそのことをお話するのにずいぶんまよいました。ですが、やはり児童のみなさんに、きちんとお話ししようと思います。

今から三十年前、みなさんのお父さんやお母さんが、みんなと同じくらいか、もっと小さかったころです。そのころ、世界中の大人は、せんそうという大げんかをしていました。

最初はただのけんかだったのが、どんどんひどくなっていきました。世界中の町にばくだんが落とされたりして、大けがをしたり、命を落としたりする人がどんどん増えるようになっていったのです。

そして、ちょうど三十年前の今日、長崎に、あるばくだんが落とされました。

原子爆弾(げんしばくだん)といって、たった一つのばくだんで、何十万人もの人が命を落としたり、町が全部こわれてしまう、おそろしい力を持ったばくだんです。

三十年前の八月六日には、広島にも同じばくだんが落とされました。そのばくだんのせいで、広島の町は全部こわれてしまった上に、何十万人もの人が命を落としました。

長崎の町もそうです。町がめちゃくちゃにこわれて、広島の町と同じようにたくさんの方が命を落としました。

運良く命を落とさなかった方も、放射能(ほうしゃのう)という、原子爆弾が出す体に悪いもののせいで、病気にかかって苦しむことになりました。

横川先生もその一人でした。長崎に落とされた原子爆弾の放射能(ほうしゃのう)で、体をこわしてしまわれたのです」

げんしばくだん? ほうしゃのう? 何だよそれ。

それと、ひろえ先生が何の関係があるんだよ。ひろえ先生は何も悪いことなんてしてないじゃないか。なんで、あんなにやさしい先生が、病気で苦しまないといけないんだよ。

また児童がさわぎだした。五年生と六年生のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、みんなないていた。

どうすればいい? どうすればいい? はかせ、校長先生、教えてよ。どうすればいいの? どうしたら、ひろえ先生は病気がなおるの?

「今の私たちに、横川先生にしてあげられることはありません。ただ一つしてあげられることは、三年二組のみんなや、児童のみなさんが、横川先生が元気になって帰ってくることを信じて待つことだと思います」

それだけ? 本当にぼくたちにはそれだけしかできないの? そうさけびたくなって顔を上げた。
校長先生も全学年の先生も、くやしそうな顔をしてなみだを流していた。

ぼくはけっきょく、何も言えずにまた下を向いてしまった。

 



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