ぼくたちの空(19) - ぼくたちの空とポポの木 by まつざわなおき マチともの語り-地域・物語り・短編小説
2005
10
Aug
Posted by 松沢直樹 on 18:51 / Category : ぼくたちの空とポポの木
路面電車のレールが音をたてはじめた。電車がもうすぐ止まるときの音だ。ぼくは、はかせの手を引いて、運転手さんのそばまで近づいた。

「魚町です」
運転手さんのアナウンスと同時に、ドアがひらく。
「こども二人です」

うんちんばこに、二人分のきっぷと整理券を入れると、ぼくは、はかせの手を引いて飛びおりた。

「はかせ、もうちょっとやけんがんばってね。五分もせんうちに原っぱにつくけんね」

ビルのうらがわをぬけて、知らない人の家の庭を通り抜ける。そして、せまい路地に出て200メートルほど走ると、学校のうらに出てくる。学校のうらまで来れば、原っぱはすぐそこだ。

「よかった。みんな待っててくれたよ」
原っぱの前まで来たら、みんなのすがたが見えた。
「ど、どうやらそうみたいだね」
後ろをふりかえると、はかせは、かたでいきをしていた。
運動が苦手なはかせには、魚町の電停から、ここまで走るのは、かなりきつかったらしい。

「みんな、ただいま。間に合ったぞ。ひろえ先生にちゃんとポポの木の実を……」

みんなの所に走ろうとした時だった。みんなに混じって、校長先生が立っているのが見えた。よく見ると、みんながないている。

ひょっとして、ひろえ先生の所におみまいに行ったのがばれたんだろうか。それでみんなしかられてないているんじゃないか。きっとそうだ。どうしよう……

はかせもそのことに気付いたらしい。ぼくと同じように、足が止まってしまった。

「古川君、藤原君、こっちに来なさい」
校長先生が、しずかな声で言った。

ぼくとはかせは、顔を見合わせた後、小さくうなずいた。
しかたがない。ひろえ先生にポポの木の実を届けられたんだ。おこられたってかまわない。

ぼくとはかせは、二人でならんで校長先生の方に向かって歩いた。

「校長先生、すいませんでした。ひろえ先生の所におみまいに行くって言い出したのはぼくです。
それから、藤原君を連れて行きたいって言い出したのもぼくです。どうか、藤原君はおこらないでください」

そう言うと、はかせは校長先生にむかって頭を下げた。

「校長先生、すいませんでした。大人にだまって博多まで行ったのはいかんと思うけど、行くのを決めたのはぼくです。、はかせ一人が悪いんじゃありません。ぼくも悪いんです」

げんこつがとんでくると思った。下を向いたまま、地面を見て、はを食いしばる。でもげんこつは飛んでこなかった。

おそるおそる顔を上げてみると、校長先生の足下に、小さな水が、ぽたぽた落ちていた。かわいた土が茶色く変わっていく。思い切って顔を全部上げてみると、校長先生はないていた。

「いいんだよ。二人ともよくそんな遠い所まで行けたね。クラスのみんなでせんばづるとよせがきを作ったのも、本当にえらかった」

校長先生はそう言って、ぼくたちの頭をなでてくれた。
さっぱりわけがわからない。

何が何だか分からないまま、校長先生に頭をなでられていると、ななちゃんが走ってきて、ぼくにだきついた。みんなも走ってきて、はかせとぼくに抱きついた。みんなないていた。

「みんな、どうしたの?」
「あのな、さっき……さっき、ひろえ先生が亡くなったんやて。二人が病院にポポの木の実を届けてくれて、こっちに向かって帰ってくるとちゅうに、ひろえ先生が亡くなったんやて」

ななちゃんは、なみだでぐしゃぐしゃだった。ななちゃんの言葉を聞いて、みんな今度は大声でなきはじめた。

ぼくは、ぼうぜんとしていた。
新幹線の中で見た夢。あれは夢じゃなかったの? ひろえ先生が会いにきてくれてたの?

でもどうして。ひろえ先生は、12時ちょうどにポポの木の実を食べたもん。あんなにうれしそうだったもん。みんな、うそをつくなよ。校長先生までいっしょになって、ぼくたちをからかってるんだろ。

校長先生は、頭をなでているのをやめて、ぼくとはかせを抱きしめてくれた。

「二人とも、よく協力して横川先生の所に行ってくれた。残念だけど、二人が小倉にもどるとちゅう、横川先生は亡くなったそうだ。さっき、九州大学病院から先生の所に電話があった。

君たちが、あんな遠くまで横川先生のおみまいに行ったなんて信じられなかった。でも、みんながここで、古川君と藤原君の帰りを待っているはずだって病院から連絡があったから来てみたんだ。
ほんとにあんな遠いところまでよく行けたね。横川先生もよろこんでいると思うよ」

どうして……

なみだが止まらなくなった。その言葉だけが、頭の中をぐるぐる回り始めた。

みんな、声をあげてないた。校長先生は、そんなぼくたちを強く抱きしめてくれた。悲しかった。くやしかった。あんなにみんなでがんばったのに。

くやしくてくやしくてたまらなかった。どうしていいのか分からなくて、みんな声がかれるまでないた。

どれくらい、みんなないていたんだろう。気が付いたら、みんなの足下の土が、みんなのなみだを吸って、茶色く変わっていた。

その時だった。遠くから地ひびきのような音が聞こえてきた。

「なんね? あの音は」
どんどんその音が近づいてくる。ものすごく音が大きくなったかと思うと、急に静かになった。

「おい、みんなあれを見ろ」
やんきちが、原っぱの入口を指さした。
大きなブルドーザーだった。それだけじゃない。トラックや大きな機械を積んだ車がたくさん停まっていた。
灰色の作業服を着た大人の人が乗った車もたくさん停まっている。

ぼくたちがあぜんとしている間に、ブルドーザーやトラックが次々と原っぱに入ってきた。

「失礼ですが、ここで何をしてらっしゃるんですか?」
トラックの中から、灰色の作業服を着た人が降りてきた。
「それはこちらが聞きたい話ですよ。あなたたちこそなんですか。いきなりあんな物で乗り付けて」
校長先生がおこったように言った。

「ああ、入口のお知らせをごらんになられなかったんですね。一ヶ月前から出してありますが、ここは市民病院になるんですよ。今日は工事の開始日なんです。申し訳ありませんが危険ですので、ただちに外に出ていただけますか?」

「ちょっとまってえな。工事って、それやったらポポの木はどうなるん?」
ななちゃんが作業服を着たおじさんに食ってかかった。

「ポポの木? ひょっとしてあの木のことかい? ああ、この空き地に生えてる木や草は、全部切りたおしてしょぶんすることになっています。病院を建てるんで、えいせいじょう良くないですからね」

「ちょっと待ってください。そんなこといつ決めたんですか。あの木は、子ども達が大事にしている木なんです」
今度は校長先生が食ってかかった。

「そうは言われましても、我々は工事を進めなければいけませんから。すいませんが、危険ですので、ただちにここから出てください」

「いやや、うちはどかへん。こればっかりは校長先生がどけ言うても、だれがどけ言うても、ぜったいにどかれへん」
「そうだそうだ。ぜったいにどくもんか」

クラスのみんなから、口々に声があがった。そしてみんなポポの木のそばに走ると、手をつないで、ポポの木を守る姿勢をとった。

「おい、体重の軽いやつ。みんなポポの木の上にのぼるんや。そしたら、工事なんてできんし、ポポの木を切りたおしたりできんばい。急げ。急いで木の上にのぼるんや」

ポポの木に飛びついたり、かたぐるまをしてもらったりして、どんどん上にのぼっていく。それを見つけた作業員の人が、ポポの木に走りよって、友だちを引きずりおろしはじめた。

「みんなやめなさい。降りてきなさい。あなたたちもやめてください。子どもにらんぼうしないでください」

校長先生の言う事なんて、だれも聞いていなかった。作業服を来た大人と、クラスのみんなは、どろまみれになって、ポポの木の取り合いをはじめた。


 



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ふう、ようやく次回で最終回です。
それにしてもきつかったなあ……プロットを作らずに毎回書くから、どんどん作品が長くなっていってしまって。まあでも、その分みなさんいろんなことを感じていただける作品になったとしたら、それはうれしいのですが……松沢
on 08/10/05 at 18:55:PM
それにしてもこの作品の舞台になった昭和50年当時の資料収集が大変でした。
特に西鉄の路面電車と、山陽新幹線が博多まで開通した時の資料。まさかこんなに苦労するとは
西鉄北九州線って、筑豊電鉄に貸し出しされている熊西-黒崎駅前以外は、全部廃止になってますしね。

記憶の中はいつまでも時間が止まっているけど、現実は矢のようなスピードで時間が過ぎていますから……それにしても30年かあ。感慨深いものがあります
on 08/10/05 at 18:59:PM