2005
28
Jan |
き、来た……。
ここは朝の満員電車。左も右も人、人、ヒトである。脳裏を駆け巡るラッパのマーク、口の中はカラカラだ。私は激しい腹痛と戦っていた。電車の窓からは気持ちの良い青空、桜並木が見えている。うららかな季節がうらめしい。
今日は晴れの入社式。新社会人としての気合は十分なのだ。然るに朝から不安定なこのお腹。乗り込んだ電車のなかですでにピンチなのだった。大体いつだって春は苦手なのだ。受験、入学、卒業、クラス替え……。そのたび何故かお腹をこわす。胃がきりきり痛むのではない。思いっきり下すのみ。乙女の春は、トイレの位置確認から始まる。
「次は~大橋、大橋~」
朝の通勤快速。目指す天神まで停車はひと駅のみである。あぶら汗もピークな私は決意した。降りよう、一本遅らせても間に合うはず。がたんと停まる電車、開くドアに向かって、必死に人をかき分ける。スーツの襟がもみくちゃになるが構っていられない。とその時、声を掛けられた。
「あれ、秋吉?」
開いたドアの先、並んだ列の先頭に立つ背の高いスーツ姿。きりっとしたそのお顔は……。
「せ、先輩!」
あろうことか、大学時代、片思いのままで終わっていた堤先輩ではないか。そういえば大橋に住んでるんだっけ? そ、そんな~何も今、再会しなくても……。
かくして降り損ねた私は、満員電車の中、先輩と息のかかりそうな距離で接近、という夢のような状態と相成った。長身の先輩が、私をかばうように立ってくれている。見上げる端正な顔、頑丈そうな肩。スーツが良く似合う、ばりばりの営業マンという感じだ。やっぱり素敵……。とそこまで考えた瞬間、またしても痛みが荒れ狂い始めた。今度のはひと際激しいビッグウエーブである。
「そういえば秋吉、今日、入社式?」
話し掛けてくれる先輩との会話を楽しむ余裕は無い。低い声ではい、とかええ、とか返すのが精一杯だ。仕舞いにはもうそれどころでは無く、泣きたい気分だった。
たどり着いた天神。挨拶もそこそこに私はまっしぐらに然るべき場所へ直行し、用を足した。まさに安堵のひと息、スリリングな時間は過ぎ去った。手を洗うべく鏡の前で蛇口をひねる。ピンクに上気した頬、お腹をこわすとこんな顔になる。手を拭こうとポケットのハンカチを探り、何かに触れた。名刺である。いつの間に入れられたのだろうか。その印字された名前と携帯番号に、信じられない思いの私は、慌ててトイレを飛び出した。行きかう人々の中に先輩の姿を探す。居るわけないか……。握り締めた名刺をそっと見直し、ゆっくりとバックに仕舞う。
さあ、今年の春の始まりだ。
大きく深呼吸をすると、私は歩き出した。
ここは朝の満員電車。左も右も人、人、ヒトである。脳裏を駆け巡るラッパのマーク、口の中はカラカラだ。私は激しい腹痛と戦っていた。電車の窓からは気持ちの良い青空、桜並木が見えている。うららかな季節がうらめしい。
今日は晴れの入社式。新社会人としての気合は十分なのだ。然るに朝から不安定なこのお腹。乗り込んだ電車のなかですでにピンチなのだった。大体いつだって春は苦手なのだ。受験、入学、卒業、クラス替え……。そのたび何故かお腹をこわす。胃がきりきり痛むのではない。思いっきり下すのみ。乙女の春は、トイレの位置確認から始まる。
「次は~大橋、大橋~」
朝の通勤快速。目指す天神まで停車はひと駅のみである。あぶら汗もピークな私は決意した。降りよう、一本遅らせても間に合うはず。がたんと停まる電車、開くドアに向かって、必死に人をかき分ける。スーツの襟がもみくちゃになるが構っていられない。とその時、声を掛けられた。
「あれ、秋吉?」
開いたドアの先、並んだ列の先頭に立つ背の高いスーツ姿。きりっとしたそのお顔は……。
「せ、先輩!」
あろうことか、大学時代、片思いのままで終わっていた堤先輩ではないか。そういえば大橋に住んでるんだっけ? そ、そんな~何も今、再会しなくても……。
かくして降り損ねた私は、満員電車の中、先輩と息のかかりそうな距離で接近、という夢のような状態と相成った。長身の先輩が、私をかばうように立ってくれている。見上げる端正な顔、頑丈そうな肩。スーツが良く似合う、ばりばりの営業マンという感じだ。やっぱり素敵……。とそこまで考えた瞬間、またしても痛みが荒れ狂い始めた。今度のはひと際激しいビッグウエーブである。
「そういえば秋吉、今日、入社式?」
話し掛けてくれる先輩との会話を楽しむ余裕は無い。低い声ではい、とかええ、とか返すのが精一杯だ。仕舞いにはもうそれどころでは無く、泣きたい気分だった。
たどり着いた天神。挨拶もそこそこに私はまっしぐらに然るべき場所へ直行し、用を足した。まさに安堵のひと息、スリリングな時間は過ぎ去った。手を洗うべく鏡の前で蛇口をひねる。ピンクに上気した頬、お腹をこわすとこんな顔になる。手を拭こうとポケットのハンカチを探り、何かに触れた。名刺である。いつの間に入れられたのだろうか。その印字された名前と携帯番号に、信じられない思いの私は、慌ててトイレを飛び出した。行きかう人々の中に先輩の姿を探す。居るわけないか……。握り締めた名刺をそっと見直し、ゆっくりとバックに仕舞う。
さあ、今年の春の始まりだ。
大きく深呼吸をすると、私は歩き出した。
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