2005
18
Jan |
小夜が見渡すと、晴れた四月の空を背景に、敷地内にある桜の木から花弁が風に舞っていた。高台にある老人ホームの玄関で彼女は胸をわくわくさせながら待っていた。今日のために新調したデニムのスラックスを穿き、若草色の薄手のジャンバーを身に着けていた。首にはオレンジ色のスカーフが巻かれている。
約束の十時近くになると、遠くから風に乗ってエンジンの排気音が聞こえてきた。その音がぐんぐん近づいてきたかと思うと、ホームの門から大きなオートバイが姿を現した。きた、きた。小夜は曲がってしまった腰をできるだけ伸ばして、オートバイに向かって手を振った。ドッ、ドッ、ドッ、ドッと下腹に響く音を発しながら、陽光を反射して銀色に輝く鉄の馬は小夜のそばまで来て停まった。
「こんちは、おばあちゃん。元気やった?」
サングラスを外しながら若者が笑いかけた。 彼はジロといい、町はずれにある電子機器の部品メーカーに勤めていた。趣味でバンド活動をしており、昨年のホームのクリスマス会に慰問バンドの一員として出演した。その時に何となく小夜と知り合い、いろんな話をするうちにジロの生き甲斐であるオートバイの話題になった。彼はその素晴らしさを小夜に語り聞かせた。小夜にとっては全く未知の世界だった。
「わたしゃ、この歳になるまで乗ったことがなか」
「おばあちゃん、乗っけてやろか?」
「そうやねえ」
「乗るの怖いと?」
「怖くはなかよ。よっしゃ、ジロさん乗せてくれるね」
「じゃあ、年を越して暖かくなってきたら誘いに来るけん」
二人はそんな約束をして別れたのだった。 ジロは積んできた予備のヘルメットを小夜に被らせ、手袋をはめるように言った。そうして手を貸しながら、彼女をバックシートに座らせた。小夜は少々緊張の面持ちである。ジロもシートに跨った。腰の曲がっている小夜はジロの背中に身を預けるしかなく、両手を彼の腹部に回してからだを固定した。
「もっと楽にして。心配ないけん。じゃ、行くよ」
ジロはスロットルを回してオートバイを発進させた。
小夜が怖がらないように、最初ゆっくりと運転する。川に沿った県道をしばらく走っていると、小夜が興奮した声で言った。
「気持ちええなあ、ジロさん」
「そやろ」
「もっと若い時分に乗ってみたかったわ」
「若い頃に戻ったと想像してみ」
「そうしようかね」
若かりし日々は決して明るくはなかった。そういう時代だった。でも今日は私の青春の日だ。そう心の中で呟いて、小夜は両手に力を込めた。
約束の十時近くになると、遠くから風に乗ってエンジンの排気音が聞こえてきた。その音がぐんぐん近づいてきたかと思うと、ホームの門から大きなオートバイが姿を現した。きた、きた。小夜は曲がってしまった腰をできるだけ伸ばして、オートバイに向かって手を振った。ドッ、ドッ、ドッ、ドッと下腹に響く音を発しながら、陽光を反射して銀色に輝く鉄の馬は小夜のそばまで来て停まった。
「こんちは、おばあちゃん。元気やった?」
サングラスを外しながら若者が笑いかけた。 彼はジロといい、町はずれにある電子機器の部品メーカーに勤めていた。趣味でバンド活動をしており、昨年のホームのクリスマス会に慰問バンドの一員として出演した。その時に何となく小夜と知り合い、いろんな話をするうちにジロの生き甲斐であるオートバイの話題になった。彼はその素晴らしさを小夜に語り聞かせた。小夜にとっては全く未知の世界だった。
「わたしゃ、この歳になるまで乗ったことがなか」
「おばあちゃん、乗っけてやろか?」
「そうやねえ」
「乗るの怖いと?」
「怖くはなかよ。よっしゃ、ジロさん乗せてくれるね」
「じゃあ、年を越して暖かくなってきたら誘いに来るけん」
二人はそんな約束をして別れたのだった。 ジロは積んできた予備のヘルメットを小夜に被らせ、手袋をはめるように言った。そうして手を貸しながら、彼女をバックシートに座らせた。小夜は少々緊張の面持ちである。ジロもシートに跨った。腰の曲がっている小夜はジロの背中に身を預けるしかなく、両手を彼の腹部に回してからだを固定した。
「もっと楽にして。心配ないけん。じゃ、行くよ」
ジロはスロットルを回してオートバイを発進させた。
小夜が怖がらないように、最初ゆっくりと運転する。川に沿った県道をしばらく走っていると、小夜が興奮した声で言った。
「気持ちええなあ、ジロさん」
「そやろ」
「もっと若い時分に乗ってみたかったわ」
「若い頃に戻ったと想像してみ」
「そうしようかね」
若かりし日々は決して明るくはなかった。そういう時代だった。でも今日は私の青春の日だ。そう心の中で呟いて、小夜は両手に力を込めた。
day:1
week:7
total:2447(since 09/may/2005 15:00)
Comments
masami
ほのぼのとした空気を感じる作品ですねっ。この日のために新調したモンペではなくデニムのスラックス
若草色のジャンパー、オレンジのスカーフ。チューリップの様
小夜お婆さんがまるで少女そのものの様に感じられます。
この、フェミニストの青年はちょっぴり少女のお婆さんにほのかに 暖かい感情を感じているのかな?
とても、メルヘンなさくひんですねっ。
色にたとえるとパステルのサーモンピンクかな?
心がほっとする。春の縁側の様なさくひんですねっつ。
on 12/20/06 at 17:07:PM






