HERO - 街のポケットストーリー@2005年冬号 マチともの語り-地域・物語り・短編小説
2005
08
Oct
Posted by 楠見朋彦 on 01:31 / Category : マチポケ
 ひからびた絶望がころがっている。かさこそ音をたてて、落ち葉ともつれあっている。切っても血なんて出ない。もうばらばらになっているころだろうと見当をつけても、そいつは、いつだって消えないでいつもの場所にある。
 ユキにとってふるさととはそんなところだ。
 父の七回忌を修する――兄弟がひさしぶりに集まるから、できれば戻ってくれと電話で弟に頼まれた。
 大阪府下なので帰ろうと思えば一時間もかからないのに、家を出てもうそんなになるのかと思うと、水のようなものがこころに湧いた。
 駅を出ると、おきまりのコンビニがあった。
 どこにでもあるチェーン店の看板を見る。田畑は減っていた。工場の跡地はマンションになっていた。人口はそれなりに増えてきたようだ。仕舞(しも)た屋と、商店街の色褪せたアーケードは変わらずにある。
 お寺の塀もいたんだままだった。
 寺のある辻に、ひとだかりがしている。
 五、六歳の少女がしゃがんで、歌をうたっている。
 ――歌を聴くために集まってるのん?
 足元に本物らしいヴァイオリンがころがっている。
 ――何なん、この子は。
 いやあな感じがした。
 以前東ヨーロッパを旅したときにも、似た光景を見たことを思い出す。街角で、調子っぱずれのヴァイオリンを聞いた。聞き苦しいはずなのに、ひとびとが足をとめている。弾き手を見ると、ユキもひきこまれた。
 ロマとおぼしい四、五歳の少女で、きいきいいうだけの音は、たちまち物悲しい音楽として聞こえるようになった。
 五十がらみの、長い顎髭をたらした白人が、嬉しそうにカメラをかまえていた。ファインダーをのぞくときに、口をゆがめ、歯をむきだしにする手合いである。「いいよ、その感じその感じ」などとおだてている。
 他にスタッフも見当たらぬし、少女はモデルではないらしい。男は肩から重そうな鞄を提げているから、ユキのように通りがかっただけなのだろう。ユキのように、単なる旅行者、単なる通行人なのだろう。
 男がいなければ、ユキもお気に入りのライカを取り出したかもしれない。
 道ゆくひとが、ちらほら、足をとめ、ほほえんでは、すぐに去っていく。
 少女は一心に弓をひく。
 単調なメロディーだが、必ず同じところで旋律がみだれる。
 通行人は、さっさと、もっとまともな音楽を奏でる楽士がいるだろう角へと、急ぐ。
 無邪気さが、痛々しい。
 だけど、一心さにうたれる。ものをねだりもしない。たぶん、親には言いつけられているだろうに‥‥。

 いま、目の前の少女は、音をはずすことなく澄んだ声を聞かせる。
 人だかりには、見覚えのある、ユキも通っていた中学の制服を着たグループがいる。買い物帰りらしいおばさん。散歩途中の老人。犬の散歩にでてきた女性。
 ひとの壁がふらっと揺れて、道路に押しつけるような嘆声が漏れた。
 ユキは、はっとした。
 名前は知らないが、コマーシャルやドラマで活躍している青年俳優があらわれた。きりりとした眉、憂いをひめた眸、鼻筋のとおった顔立ち。純白のスーツが映える。なにかの番組で上半身を見たが、よく鍛錬して、贅肉の「ぜ」の字もついていなかった。
 案外若く、十代にも見えた。非の打ち所がないようだったけれど‥‥背の低いのだけが気になった。
 俳優が少女の歌に足を止めると、少女はヴァイオリンを手にとった。そのメロディーを聴いて、彼は驚いた顔をつくる。ずっと探していたメロディーが、こんな場所で、おさない手に奏でられているのを聴くことになろうとは‥‥と感激したかどうかは、知らない。
 いかにも「ドラマ」っぽく、少女に駆け寄った。
 どうしてこんな変哲もない場所でロケをしているのか、ユキにはわからない。
 何かの宣伝なのか、二人がどこへ行くのか、このシーンの次にはどんなシーンが結びつけられるのか‥‥ひとびとの話題は尽きない。だけどユキにとっては、美青年が街角に座る少女の手を取り、未知の世界へ誘いだすという、そのワンシーンを見られただけで、充分だった。
 少女は二十年前のユキだ。
 角の楽器店の壁にもたれ、歌をうたっていた。
 白馬の王子は、いつまで待ってもやって来ない。
 やって来ないはずだった。
 それなのにいま、楽器と一体化した少女がからだを傾けると、やさしい音がこぼれる。歌声の続きのようになめらかで、押しつけがましくない。
 颯爽と若武者があらわれる。
 音が珠のようにこぼれ、旋律の糸が珠をつないでいくのに彼は聞きほれた。曲が終わると、少女に囁く。わたしは知っている。あなたの音楽は、いっそう広く、より大勢のひとの耳に届けるべきものであると。もっと聞かせてください。
 童話のような出会いが、現実のものとなった瞬間であった‥‥。
 すべては演出で、約束どおりにすすむ。休憩を取るためヴァンに向かった俳優が、集ったひとびとのほうを振り返り、ほほえんだ。
 お芝居だ、それはわかっている。
 ユキは涙をぬぐうふりをして、怒ったように踝をかえした。

 



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由良ちゃん
楠見さんの作品、このページで読ませてもらいました。
今日は風邪で会社を休んでるんです。
楠見さんの作品、好きなので
これからももっと読める機会があればいいなと思います。
on 11/09/05 at 13:20:PM