ただ今の気温35℃ あらすじ
主人公のジンは大学生。彼は夏期休暇を利用して行う合宿の行き先を決めるサークルの集まりで、「出身地である真珠島に、実は彼女が居る」と嘘をついてしまう。その話を盗み聞きしていたジンの元彼女のナギサは合宿の行き先に真珠島を提案する。慌てたジンは必死に反対をするが、その努力も空しく、多数決の結果合宿の行き先は真珠島に決まってしまう。
慌てたジンは四年ぶりに幼なじみであるココに電話をかけ、「ほんの二週間でいいから俺の彼女を演じてくれ!」と頼み込む。初めは文句を言っていたココも、「自分をフッた彼女を見返してやりたい」というジンに同情し、ジンの彼女を演じる事を承諾してくれた。
真珠島へ向かう船の中、皆の話題は島に住むジンの彼女の事で盛り上がる。そんな中、ジンは生まれてから中学校までを共に過ごしたココとの思い出を振り返っていた。
ジンとココは互いに想いを寄せていたが、結局それをきちんと伝えられぬまま別れを迎えた。「お互い五十歳になったら一緒になろう」という約束を残して。
2005
27
Feb |
昨日観たニュースの天気予報で、お天気キャスターのお姉さんが言ってた。
「長かった梅雨も明け、明日からは本格的な夏の到来となるでしょう!」
ただ今の気温三十五度。
ぴっかーんと晴れた空。
暑い日差しは容赦なく俺の肌を焼きつけ、その痕跡を残そうとやっきになる。コンクリートに蓄積された熱の塊は、分厚いジーンズの生地のわずかな隙間を見つけて侵入し、俺の尻を汗ばませ不快にさせる。
ジンは少しでもそれを発散させようと、ジーンズの裾を捲り上げた。
だがその動作も空しく、肌を露出してみたところでちっとも期待したような涼しさは味わえなかった。生暖かい空気は流れるでもなく、蛇のようにジンの体にぐるぐると巻きついて離れようともしない。
夏はジンにとって、一年の中で一番好きな季節だ。
待ちに待った夏休みのスタート。毎年このくらいの時期には、これから始まるこのロングバケーションをどう料理してやろうかと舌なめずりしている頃なのだが、今回ばかりはとてもそんな気分にはなれなかった。
ジンは肩から腕にかけての皮膚の熱りに視線を滑らせ、その先にある腕時計に目をやった。時計の秒針はこの暑さに怯むことなく、冷静に淡々と時を刻んでいる。
ジンは通りのそのずっと先に目を向けて、人の来る気配を待った。
待ち合わせの時刻をとうに過ぎているのに、一向にタクは来る気配を見せない。
まったく、またこれだよ。遅刻魔のタクを信用して、時間通りに行動した俺がバカだった。
夏の暑さも手伝って、ジンの体の中には熱と共に行き場の無い不快感がもんもんと湧き上がっていた。ギャーギャーと鳴く蝉の声は一向に鳴き止む気配を見せず、そればかりか次第に大きくなっているようにすら感じる。
蝉の鳴き声が風流なんて言ったヤツはバカだ。こんなもん、俺には耳障りな雑音としか感じられない。
ジンは強い日差しを避けるようにして、顔をうつむかせた。太陽の光はジンの頭上に惜しみなく注いでいた。頭皮がじりじりと、音を立てて焼けていくのが分かる。その毛穴のひとつひとつからも、油断すると汗が噴出してきそうだ。
ジンは再び腕時計に目をやった。
MRーGの温度計の目盛は、ちょっと目を離した隙にこっちの許可無しに勝手に上昇してやがる。
誰が温度を上げていいと言ったんだ、ええ?
ジンはMRーGをぎろりと睨んだ。その途端、温度計のデジタル表示がまた、ぴこっと数字を変化させた。思わず殴ってやろうかと腕を振り上げたが、頑丈さを売りにしているこいつにパンチを食らわせたところで、自分が空しくなるだけだと悟った俺は、その手をすっと下ろした。
ジンはチッと舌打ちして時計から目を逸らし、一面に広がる空を見上げた。
ギラギラと照りつける太陽は、まるで当然のごとく青空を我が物顔で制覇している。この傲慢なヤツに逆らう者は、容赦なくこの夏に置いてけぼりを食らう。
日本列島中が皆、こいつの思うがままに踊らされているんだ。
バカのひとつ覚えみたいに照りつけやがって、他に芸は無いのかよ。まったく、どいつもこいつも頭にくる。夏だからって暑けりゃいいってもんじゃねーだろう。ちょっとはひねれよ。面白くねえな。
ジンが太陽を罵倒する言葉を、思いつく限りに並べ立てている時だった。
ふと、遠くから騒がしいエンジン音が聞こえてきた。それは徐々に近づくにつれて耳を塞ぎたくなるほどに大きくなり、ジンの目の前に来るとぴたりと止んだ。
パパパッ、パッパ!
蝉の声を押しのけて、陽気なリズムで響き渡るクラクションの音。
けたたましいその音に急かされるようにして、ジンはやっとのこと重たい腰を上げた。その瞬間、全身の血液が下へ下へと流れていき、くらくらとした立ちくらみがジンを襲った。
目の前を小さな星が、チカチカと飛んでいく。
「おーい、仕度できてるかー?」
何とか気力で立ち上がり声の方を見ると、ぴかぴかに磨きまくった車のドアから身を乗り出して、カラフルなアロハシャツ姿のタクがジンに向かって大きく手を振っていた。
おいおい、何だよその格好は。期待通り過ぎて笑えもしねえ。
ジンはいかにも「夏男」ないでたちのタクに向かって、無言のまま苦笑いした。
「ダサいから止めとけ」というこっちの忠告も聞かずに、タクはこの夏の為にローンを組んで真っ赤なロードスターを購入した。確か二百万近くしたと言っていたような気がする。とりあえず、学生の身分で買うような代物じゃない事は確かだ。
その全面に太陽の光を浴びてぴかぴかと光るロードスターは、所有者同様この夏の空気に浮かれきっているようだ。丹念にワックスをかけたらしいその艶やかなボディーからは、タクの気合の入れ様がひしひしと伝わってきた。
「遅えよ」
ジンは低い声でそう呟いた。
タクはジンの気分を害した事実に気付く気配も無く、全く悪気の無い笑みを浮かべている。
「悪ぃ。髪型がなかなか決まんなくてさ」
そう言ってにやりと笑い、顔の前でぱちっと手を合わせるタクの表情には、反省の色は全く見てとれなかった。
「お前が髪の毛セットしてる間にさあ、俺の頭は汗だらけでぐっしょぐしょになっちゃたんだけど」
ジンはたっぷりの嫌味を込めて、タクに無かってそう呟いた。
「ほら、急いで乗れよ、ジン。早くしないと俺達だけ船に乗り遅れるぞ」
タクはそう言うとフロントミラーを自分の方に向け、口笛を吹きながらパーマのねじりを軽く手直しし始めた。
どうやらタクの耳は、自分に都合のいい事しか聞こえないようにできているらしい。そのワックスだらけの髪を燃やしてやろうかとも思ったが、止めた。こんなくだらない事で、無駄に体力を消費したくない。
「・・・・・今行くよ」
ジンはタクに向かってそう呟くと、軽く溜息を吐いた。そして重たいスポーツバックを抱えると、その鉛のような足を車の方へと向かわせた。
「長かった梅雨も明け、明日からは本格的な夏の到来となるでしょう!」
ただ今の気温三十五度。
ぴっかーんと晴れた空。
暑い日差しは容赦なく俺の肌を焼きつけ、その痕跡を残そうとやっきになる。コンクリートに蓄積された熱の塊は、分厚いジーンズの生地のわずかな隙間を見つけて侵入し、俺の尻を汗ばませ不快にさせる。
ジンは少しでもそれを発散させようと、ジーンズの裾を捲り上げた。
だがその動作も空しく、肌を露出してみたところでちっとも期待したような涼しさは味わえなかった。生暖かい空気は流れるでもなく、蛇のようにジンの体にぐるぐると巻きついて離れようともしない。
夏はジンにとって、一年の中で一番好きな季節だ。
待ちに待った夏休みのスタート。毎年このくらいの時期には、これから始まるこのロングバケーションをどう料理してやろうかと舌なめずりしている頃なのだが、今回ばかりはとてもそんな気分にはなれなかった。
ジンは肩から腕にかけての皮膚の熱りに視線を滑らせ、その先にある腕時計に目をやった。時計の秒針はこの暑さに怯むことなく、冷静に淡々と時を刻んでいる。
ジンは通りのそのずっと先に目を向けて、人の来る気配を待った。
待ち合わせの時刻をとうに過ぎているのに、一向にタクは来る気配を見せない。
まったく、またこれだよ。遅刻魔のタクを信用して、時間通りに行動した俺がバカだった。
夏の暑さも手伝って、ジンの体の中には熱と共に行き場の無い不快感がもんもんと湧き上がっていた。ギャーギャーと鳴く蝉の声は一向に鳴き止む気配を見せず、そればかりか次第に大きくなっているようにすら感じる。
蝉の鳴き声が風流なんて言ったヤツはバカだ。こんなもん、俺には耳障りな雑音としか感じられない。
ジンは強い日差しを避けるようにして、顔をうつむかせた。太陽の光はジンの頭上に惜しみなく注いでいた。頭皮がじりじりと、音を立てて焼けていくのが分かる。その毛穴のひとつひとつからも、油断すると汗が噴出してきそうだ。
ジンは再び腕時計に目をやった。
MRーGの温度計の目盛は、ちょっと目を離した隙にこっちの許可無しに勝手に上昇してやがる。
誰が温度を上げていいと言ったんだ、ええ?
ジンはMRーGをぎろりと睨んだ。その途端、温度計のデジタル表示がまた、ぴこっと数字を変化させた。思わず殴ってやろうかと腕を振り上げたが、頑丈さを売りにしているこいつにパンチを食らわせたところで、自分が空しくなるだけだと悟った俺は、その手をすっと下ろした。
ジンはチッと舌打ちして時計から目を逸らし、一面に広がる空を見上げた。
ギラギラと照りつける太陽は、まるで当然のごとく青空を我が物顔で制覇している。この傲慢なヤツに逆らう者は、容赦なくこの夏に置いてけぼりを食らう。
日本列島中が皆、こいつの思うがままに踊らされているんだ。
バカのひとつ覚えみたいに照りつけやがって、他に芸は無いのかよ。まったく、どいつもこいつも頭にくる。夏だからって暑けりゃいいってもんじゃねーだろう。ちょっとはひねれよ。面白くねえな。
ジンが太陽を罵倒する言葉を、思いつく限りに並べ立てている時だった。
ふと、遠くから騒がしいエンジン音が聞こえてきた。それは徐々に近づくにつれて耳を塞ぎたくなるほどに大きくなり、ジンの目の前に来るとぴたりと止んだ。
パパパッ、パッパ!
蝉の声を押しのけて、陽気なリズムで響き渡るクラクションの音。
けたたましいその音に急かされるようにして、ジンはやっとのこと重たい腰を上げた。その瞬間、全身の血液が下へ下へと流れていき、くらくらとした立ちくらみがジンを襲った。
目の前を小さな星が、チカチカと飛んでいく。
「おーい、仕度できてるかー?」
何とか気力で立ち上がり声の方を見ると、ぴかぴかに磨きまくった車のドアから身を乗り出して、カラフルなアロハシャツ姿のタクがジンに向かって大きく手を振っていた。
おいおい、何だよその格好は。期待通り過ぎて笑えもしねえ。
ジンはいかにも「夏男」ないでたちのタクに向かって、無言のまま苦笑いした。
「ダサいから止めとけ」というこっちの忠告も聞かずに、タクはこの夏の為にローンを組んで真っ赤なロードスターを購入した。確か二百万近くしたと言っていたような気がする。とりあえず、学生の身分で買うような代物じゃない事は確かだ。
その全面に太陽の光を浴びてぴかぴかと光るロードスターは、所有者同様この夏の空気に浮かれきっているようだ。丹念にワックスをかけたらしいその艶やかなボディーからは、タクの気合の入れ様がひしひしと伝わってきた。
「遅えよ」
ジンは低い声でそう呟いた。
タクはジンの気分を害した事実に気付く気配も無く、全く悪気の無い笑みを浮かべている。
「悪ぃ。髪型がなかなか決まんなくてさ」
そう言ってにやりと笑い、顔の前でぱちっと手を合わせるタクの表情には、反省の色は全く見てとれなかった。
「お前が髪の毛セットしてる間にさあ、俺の頭は汗だらけでぐっしょぐしょになっちゃたんだけど」
ジンはたっぷりの嫌味を込めて、タクに無かってそう呟いた。
「ほら、急いで乗れよ、ジン。早くしないと俺達だけ船に乗り遅れるぞ」
タクはそう言うとフロントミラーを自分の方に向け、口笛を吹きながらパーマのねじりを軽く手直しし始めた。
どうやらタクの耳は、自分に都合のいい事しか聞こえないようにできているらしい。そのワックスだらけの髪を燃やしてやろうかとも思ったが、止めた。こんなくだらない事で、無駄に体力を消費したくない。
「・・・・・今行くよ」
ジンはタクに向かってそう呟くと、軽く溜息を吐いた。そして重たいスポーツバックを抱えると、その鉛のような足を車の方へと向かわせた。
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