ただ今の気温35℃(30)純粋無垢なテクニシャン - ただ今の気温35℃ by 水野粋香 マチともの語り-地域・物語り・短編小説
ただ今の気温35℃ あらすじ
 主人公のジンは大学生。彼は夏期休暇を利用して行う合宿の行き先を決めるサークルの集まりで、「出身地である真珠島に、実は彼女が居る」と嘘をついてしまう。その話を盗み聞きしていたジンの元彼女のナギサは合宿の行き先に真珠島を提案する。慌てたジンは必死に反対をするが、その努力も空しく、多数決の結果合宿の行き先は真珠島に決まってしまう。
 慌てたジンは四年ぶりに幼なじみであるココに電話をかけ、「ほんの二週間でいいから俺の彼女を演じてくれ!」と頼み込む。初めは文句を言っていたココも、「自分をフッた彼女を見返してやりたい」というジンに同情し、ジンの彼女を演じる事を承諾してくれた。
 真珠島へ向かう船の中、皆の話題は島に住むジンの彼女の事で盛り上がる。そんな中、ジンは生まれてから中学校までを共に過ごしたココとの思い出を振り返っていた。
 ジンとココは互いに想いを寄せていたが、結局それをきちんと伝えられぬまま別れを迎えた。「お互い五十歳になったら一緒になろう」という約束を残して。

2005
18
Dec
Posted by 水野粋香 on 03:36 / Category : ただ今の気温35℃
 ジンは秘めやかに行われるべき情事の相手としては、最も適切な人材だった。
 まだ高校生らしさの抜けてない、青臭さを残した風貌。口は堅く、誠実で、人前ではクールに振舞い、私を束縛する事もしなければ、プライベートを詮索する事もしない。私の望みには犬のように従順で、いくらワガママを言っても可能な限り答えてくれた。

 「ねえ、私達が付き合ってるって事、みんなには内緒にしておこうよ」
 そう提案した時も、ジンは文句も言わずに私の言葉に従った。
 文句も言わずに、というよりも、文句も言えずに、と表現した方がいいのかもしれない。ジンは私が無茶なお願いをする時にはいつも、不甲斐ない自分を責めているかのような、せつなさとやるせなさの入り混じった眼差しをこちらへと向けていた。
 それらの悶々とした感情の渦に揉まれて、若い健康な男子が苦悩する姿は、サディストな私の心を小気味良くくすぐった。
 ジンはいつも、壊れ物を扱うような繊細さで私に触れ、この世で最後の抱擁であるかのような真剣さで私を抱いた。
 つたなくも丁寧に、不器用だけど優しく。厳重に包装されたプレゼントの包み紙を、そっと剥がしてゆくように。
 そんな風に扱われると、まるで希少価値の高い宝石になったかのようで、とても高貴な気分になる。ジンが私の体に触れるその様は時に下僕のようで、女王様気質の私の心を十分に満たしてくれた。
 マサトも少しは見習って欲しい。と、行為の最中にも関わらず不謹慎にもふたりを比較しながら、私は良く思っていた。
 マサトはいつも自分本位に私を抱く。セックスに対して謙虚さというものが欠片も感じられない。プレゼントの例で言うなら、早く中身が見たいが為にむちゃくちゃに包みを破いてしまうような、そんな乱暴な抱き方だ。
 まあ、それがイヤだという訳ではないんだけど・・・。
 でも時々、ただの欲望のはけ口に成り下がったようで、とても空虚な気分になる事がある。マサトの相手は私でなくても、極端に言うならば、そこに自分を受け入れる柔らかな窪みがあれば、男でも女でも、犬でもサルでも、何でもいいのではないかと。
 ふたりそれぞれの行為を言葉で表現するならば、マサトは、抱いてやる。ジンは、抱かせてもらっている。片方は謙虚に、片方は傲慢に。静と動、光と影。例えるならばジンは月。そしてマサヤは太陽だ。
 太陽、か。そうかもしれない。マサヤは暑すぎるほどの熱を浴びせかけ、私の体に強引に自分の痕跡を残そうとする。火照った皮膚はなかなか治まらず、いつまでもどくどくと疼き続ける。
 だからマサトとのセックスを終えた後は、いつも喉が、そして心が渇く。
 その満たされない隙間を、枯渇した心を、私はジンの月光のような穏やかさで埋めようとしたのだろう。

 従順なジンは、私が少し手ほどきをすれば、驚くほどの吸収力で女性を喜ばせる技術を身につけていった。 いくつかの夜を共にし、マニュアル通りの単調なセックスに飽きてきた私は、マサトから教わった事をそのまま実践形式でジンに教えた。ジンはそれを素直に私からの愛情と受け止め、私の意に沿うようにと、けな気に技術を身につけていった。
 いつしかジンは、純粋で無垢な心を持ったまま、私を満足させるテクニシャンとなった。
 ジンは私好みの様式と機能を備えた、都合の良い遊び道具。いくらでもこちらの好きなようにいじれる、お気に入りの玩具。
 母は私の子供時代の話になると決まってこう言っていた。
 悲しい時、怒った時、ふて腐れた時、お気に入りの玩具を与えると、ナギちゃんはすぐにご機嫌になったのよ。
 母が旅行の時に買ってきてくれた、フランス人形。「ジョセフィーヌ」と、足の裏に名前が刻まれてあった。ベッドに寝かせると、エメラルドに輝くガラスの瞳が、漆黒の睫毛に縁取られた瞼にぴったりと隠された。それが面白くて、私は人形を起こしたり寝せたりを繰り返してたんだっけ。
 あのフランス人形、どこに行ったんだろう?
 そうだ、思い出した。隣の家に住んでいた女の子に、母が勝手にあげてしまったのだ。もう飽きちゃったんだから、いいでしょう、って。そんな母に「どうして私の許可無しに、そんな勝手な事するのよ!」って、声を荒げ激怒したのを覚えている。
 そう、ちょうどそんな気分。今の私の心理状態。押入れにしまい込み、不必要だと思っていたモノでも、他の女に取られるとしゃくに触る。
 ジンは、知らぬ間に、勝手に持っていかれた私の「ジョセフィーヌ」。お気に入りの玩具を失った私は不安でたまらない。悲しい時、怒った時、ふて腐れた時、私のご機嫌は、一体誰が宥めてくれるの?

 そう、ジンの存在意義は私のプライドを保つためにあった。
 例えマサトに裏切られても、それを一時の戯れだと笑い飛ばす余裕を持つ為に、私には、自分の存在を肯定してくれる、確かな支えが必要だったのだ。

 



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THE二股女の言い分↑

長かったナギサの過去の回想はこれにて終了です。
次回のお話から現在に戻りまーす。

次は「カイとアキラはじめてのおつかい(仮題)」です。
on 12/20/05 at 02:18:AM