震度6弱 報告 - エディット・ピラフ マチともの語り-地域・物語り・短編小説
2005
20
Mar
Posted by ワタ@管理人 on 11:28 / Category : エディット・ピラフ
まだゆれてる。

こりゃまずい。うずたかく積み上げてあった部屋のモノたちが散乱中。
ラーメンを食おうと思ってガスで湯を沸かしてる最中に、まず立てゆれが20秒ほどそのご、この木造モルタルは横揺れを吸収するように微妙なラジアンを描いて揺れた。まだたて揺れ中。とりあえず、キャンプグッズを押入れから引っ張り出し、ラーメンの続きを・・・バナーで沸かして二袋+韓国キムチを完食。+コーヒー。犬が悲鳴のような鳴き方してる。

長崎・対馬と福岡に津波? 予報時間を大分過ぎたけど来ないなぁ

まだ、ゆれてる。NHKでは15分に一回といっているけど、一分間に2回くらい揺れてるんですけど?。11:35現在ヘリの観測では火災は起こってない。時折、太く揺れ続けてる。

お、ひでー。このボロイ木造、微妙に耐震設計されてたりして。
これ、どういう状況かな…この後、壊滅的な揺れが来るのか??

とりあえず借金はチャラにしてほしい。

水道ガスはやはりダメですな・・・。

お、キタキタ・・・、ヤベー。 11:55 またゆれ

予想される津波の高さって・・50センチかよ!

11:59 すごいすごい

え。津波予報解除かよ!・・・あてにならんなぁ

なんか収まったかな?犬が鳴かなくなった。鳥がさえずってる。

 



day:2 week:42 total:16156(since 09/may/2005 15:00)


ふっ、福岡でもこんな大きな地震があるんだ⋯。
怖かった。泣きました、娘を抱き締めて。
電話も通じないし、ダンナはいないし。上の娘は合宿中だし。(戻って来られるんかいな)
どーしよ⋯。
on 03/20/05 at 11:49:AM
飛行機は飛び始めてるようです。11:50分現在。
on 03/20/05 at 11:51:AM
震源地に近い方面の方々、大丈夫でしょうか。
尼崎でもずいぶん長い間、わずかですが横揺れを感じました。

まさに阪神大震災のときも、関西にこんな地震があるんだ、
と誰もが思っていました。
日本は地震国、どこで大地震が起こっても
不思議ではないということを、
あらためて思い知らされます。

みなさまの状況が気になります。
on 03/20/05 at 17:14:PM
ワタ
ガスが止まり、水がにごってます。
ときおり、ドスンと揺れてます。18:29
on 03/20/05 at 18:30:PM
福岡で暮らしていながら数百年ぶりの地震を共有できなかった。というのも昨夕、北九州で一人暮らしをしている母から墓参りに行きたいと連絡があり、そういえばお彼岸であったと気がついた。春のお彼岸には土筆を取りにいこうとこの正月に約束していたのをすっかり忘れていた親不孝息子である。

本当はこの三連休で溜まっている仕事をやる予定であったのですが、来年の土筆の頃には元気でいられるかどうか……などとグチグチ言うので、今朝はかみさんを仕事へ送ってから百道から高速で北九州まで迎えに行ったのです。

地震の時はちょうど母を車に乗せようとするときでかなり揺れたけど、恐怖を感じるほどでもなかったのでそのまま出発。直方から飯塚へ遠賀川沿いに走りると菜の花がきれいだ。しかし走り始めて暫くするとラジオから福岡の状況がどんどん入ってくるようになった。うむ? けっこうひどかったのかな、とまだこの頃は情報が少ない。

余震で福岡の方が恐怖に震えているとき、ぼくは遠賀川の土手で土筆摘みに精を出しておりました。土筆をみつけるのは得意なんですよ。一時間半ほどで袋に二つほどの土筆を摘んだんです。

帰りは高速道路は渋滞のようだから下道を走ったのですが、福岡へ近づくと大渋滞になる。ラジオからは死者もでたというニュース。特に玄海島がひどかったと知る。玄海島といえば北森みおさんの作品の舞台になった島だ。

急に家のことが心配になる。普段の倍の時間かかって家に帰り着いてドアを開けると、かみさんが「恐かったよう」と青ざめていた。
on 03/20/05 at 22:50:PM
 7階の部屋に住んでいるので、相当の揺れを体験した。リンカーンの胸像は仰向けに倒れ、兵馬傭の置物も窓辺から転がり落ちた。雑誌は床に散乱。横揺れの激しさを体験しながら、頭の中では外壁ごと建物が崩れ落ちるかもしれないな、と感じたものです。
 住まいの周辺の道路は液状化現象であちこちが濡れていました。「まさか」「ありえない」とか思っていることが目の前で普通に起きる現実の凄さをあらためて痛感させられた。
 小生の所は結局、被害はまったくなかったが、知人の所は食器が割れたりと少なからず被害がありました。けががなかったのが幸いでした。
 23時17分になるけど、余震が続くねえ。
 
on 03/20/05 at 23:20:PM
大事やったみたいですね。北九の実家に住んでいる弟に横浜から電話してみたら、つながらなくて大変でした。

何しろ築30年の木造住宅なんで、家がひしゃげてしもて、大事になっとらせんじゃろうか、などと思っていたら、地震の時は立っていられないほどすごかったけど、特に被害はなかったとのこと。かの関東大震災も昼時に起きたために、地震そのものよりも火災の二次被害が大きくなったそうですが、福岡市のみなさんは冷静に対処されたようですね。混乱はあったものの、繁華街では地下街から出て公園に移動したりされたそうですが、事前の訓練もなく、このようなことができたのは、人と人のつながりがまだまだ強く生きている街だからかもしれませんね。ともあれ、みなさんご無事のようでよかったです。
on 03/21/05 at 04:50:AM
楠見
つながらないと心配がつのりますね。私も佐世保の知り合いに電話しようと思いましたが、報道では震度4だったので朝まで電話をひかえました。

災害伝言ダイヤル(171)などを有効利用したいものです。公衆電話に行列するひとを今回もテレビの報道でみましたが‥‥。

NTTドコモのサービスのひとつに「iモード災害用伝言板」があり、携帯電話の番号を入力することで安否情報を登録できます。

http://www.nttdocomo.co.jp/...

KDDIのau、ツーカーでも同様のサービスがあるようです。

http://www.tca.or.jp/infoma...
on 03/21/05 at 11:51:AM
今回の地震では、連絡を取るのに「ケータイメール」が大活躍でした。
NTTの固定電話は地震後、すぐに繋がらなくなり、ケータイは夕方以降もダメでした。
地震後、横浜の実家へ奇跡的に電話が繋がるも、途中で不通に。
なので同じ神奈川に住んでいる姉のケータイにメールを送り、実家に無事を知らせてもらいました。
「災害伝言ダイヤル」は、頭の片隅にはあったのですが、実際は使い方がわからず利用できませんでした。
日頃から緊急時の連絡の取り方を、しっかり把握しておかないとダメですね。反省。
on 03/21/05 at 16:30:PM
東区在住の日野光里です。
家族とも怪我もなく無事です。
休日でよかったあああ。

娘は泣きながらおふとんにもぐりこみ、
上からママとパパでおさえつけてました。
「ぐるじいい」と娘。

うちは私が超怖がりなので倒れるものは
寝るところに置いてないのですが、
タンスは倒れませんでした。

でも食器はやられたわ~。
寸前まで洗い物をしてたので危なかった。

上の階の人は足の親指を切ってたしね。

駐車場はひび割れてるし、
ブロック塀はまっぷたつ。
アパートの土台にそって溝ができてます。

それにしても余震がこんなにあるとは!

本当に電話は通じませんね。
固定電話なんてツーとといいませんし、公衆電話が数が足りません。

働いてる友達がいってたけど、
これが学校、会社、自宅と家族がバラバラだったらと思うと青くなります。

顔を見るまでどんなに自分が疲弊しただろうと思うと、本当に家族一緒のときで良かったです。

今後も強い余震が来るといいますが、わたしは在宅仕事なので学校までは飛んでいけます。
友達は1時間以上先の仕事場なので、怖がっていました。
その気持ちがよ~くわかります。

早くおさまってくれえええ。
on 03/23/05 at 13:01:PM
 おや、いつの間に。私の地味なブログにトラックバックが来ていることに気付いていなかった。

 私がダイヤモンドシティ前で小6の子供の手をしっかりと握っていた時、ラーメンを食べたり、土筆を摘もうとしていた人がいたわけだ……。アメリカ映画のパニックものによくありますよね。古くは「ホテル」というのがありましたが。様々な人生を背負った人たちが、場所なり、時間なりを共有して、同じ事件に巻き込まれていく。ブログをいくつかつないでいくとそうなりそうですね。

 私の地震報告はこちら。「地震来たる」
http://isitaki-j.at.webry.i...

 玄界島は一度だけ訪ねたことがあります。小中学校の先生方の合同研修会の講師として。先生方は週日は泊まり込みで、土日に自宅との間を往復していました。

 私は港で迎えの車に乗り、山腹の学校まで送ってもらいましたが、その途中に斎田要七・堀六郎の碑がありました。二人は筑前勤王党の一員として島流しになった後、海岸に引き出されて斬首されたのです。運転していた先生はあまり関心がなさそうでしたが、私はこの碑との出会いを楽しみに島に渡りました。今回の地震でも被害は受けていないと、西日本新聞が書いていました。

 お昼を食べながら、民宿の方と、百合若大臣伝説の話などしました。どの家も、急斜面に張り付いたように建てられていたのを思い出します。 
on 04/07/05 at 14:48:PM