2005
19
Aug |
Posted by 天沼春樹 on
01:36 / Category : 浴槽 la baignoire
|
オーギュストのバスタブの底に、いつの頃からかヒビがはいった。はじめは小さなキズで、なんのこともなかったが、最近そこから水が漏れるまでになった。風呂に漬かるには支障はないが、水をいっぱいにはっておくと三日ですっかり空になる。セメントを塗りこんで修理しようか、それとも職人をよぼうかと思いながらも、ずるずる時がながれている。あるとき、湯をはったばかりなのに、オーギュストが髭をあたっているあいだにからっぽになってしまって、ひどく仰天したが、それは排水口にはめるゴムの栓が痛んでいたせいだった。栓を交換すると、水漏れはふだんの調子にもどった。それでも、すこしずつ水がぬけることには変わりがない。
オーギュストは、バスタブをまるごと交換してしまおうなんて夢にも思わない。まっぷたつに割れれでもすれば別だが、生活のなかですこしずつ漏れているのは風呂の水ばかりではないのだ。銀行の口座からからは、毎日のようにお金が漏れでていく。すこしばかり補っても、引き落とされる額は日増しに増えているという確信がある。
「ともかく」と、オーギュストは思う。「俺が風呂につかっている間は、なんの問題もないのだ。修理すべき場所はほかにもたくさんある。電球は2ヶ月に一度のわりで切れてしまう。テレビのアンテナはそろそろ限界だ。ツールド・フランスの中継までにはなんとかしなくてはならない」と。
そんな生活感なものだから、オーギュストは40をすぎて、自分のなかからもなにかがどんどん漏れて、目減りしていることに気がつかないらしい。昔は、心と体にいっぱい満ちていたものが、いつのまにか底をついてきている。たとえば、最近ほとんど怒らなくなった。若い頃は心の底から怒りがこみあげてくることが多かったのに。
水時計や砂時計のことを《クレプシドラ》という。液体や砂粒の落下で時を計測する装置だ。上部の容器がからになれば、反転させる仕組みのものもある。けれども、自分のなかから、なにかがぬけきってしまったら、たとえ逆立ちしたところでもとにはもどらない。風呂につかっているオーギュストは、そのことにはまだ気がついていない。

Photo by Yusuke Wakabayashi
オーギュストは、バスタブをまるごと交換してしまおうなんて夢にも思わない。まっぷたつに割れれでもすれば別だが、生活のなかですこしずつ漏れているのは風呂の水ばかりではないのだ。銀行の口座からからは、毎日のようにお金が漏れでていく。すこしばかり補っても、引き落とされる額は日増しに増えているという確信がある。
「ともかく」と、オーギュストは思う。「俺が風呂につかっている間は、なんの問題もないのだ。修理すべき場所はほかにもたくさんある。電球は2ヶ月に一度のわりで切れてしまう。テレビのアンテナはそろそろ限界だ。ツールド・フランスの中継までにはなんとかしなくてはならない」と。
そんな生活感なものだから、オーギュストは40をすぎて、自分のなかからもなにかがどんどん漏れて、目減りしていることに気がつかないらしい。昔は、心と体にいっぱい満ちていたものが、いつのまにか底をついてきている。たとえば、最近ほとんど怒らなくなった。若い頃は心の底から怒りがこみあげてくることが多かったのに。
水時計や砂時計のことを《クレプシドラ》という。液体や砂粒の落下で時を計測する装置だ。上部の容器がからになれば、反転させる仕組みのものもある。けれども、自分のなかから、なにかがぬけきってしまったら、たとえ逆立ちしたところでもとにはもどらない。風呂につかっているオーギュストは、そのことにはまだ気がついていない。

Photo by Yusuke Wakabayashi
day:1
week:8
total:5124(since 09/may/2005 15:00)
Comments
注釈:コシミハルさんのCDアルバムの中に『クレプシドラサナトリウム』という作品があります。CDは『父とピストル』という総タイトルだったと思いますが、そのなかに、私が2曲ドイツ語の歌詞の翻訳をお手伝いしました。録音にもたちあったりして、楽しい体験でした。もう、ずいぶん前のことのような気がします。平成5 年くらいでしたかね。H.A.
on 08/27/05 at 10:39:AM






